ホー・ツーニェン エージェントのA

東京都現代美術館ではこのたび、シンガポールを拠点に活動するアーティスト、ホー・ツーニェンの個展を開催します。ホー・ツーニェンは、東南アジアの歴史的な出来事、思想、個人または集団的な主体性や文化的アイデンティティに独自の視点から切り込む映像やヴィデオ・インスタレーション、パフォーマンスを制作してきました。既存の映像、映画、アーカイブ資料などから引用した素材を再編したイメージとスクリプトは、東南アジアの地政学を織りなす力学や歴史的言説の複層性を抽象的かつ想起的に描き出します。そのようなホーの作品は、これまでに世界各地の文化組織、ビエンナーレなどで展示され、演劇祭や映画祭でも取り上げられてきました。国内でも、当館で開催した「他人の時間」展(2015年)を含めた多くの展覧会に参加し、近年は国際舞台芸術ミーティング in 横浜(2018年、2020年)、あいちトリエンナーレ2019(2019年)、山口情報芸術センター[YCAM](2021年)、豊田市美術館(2021年)で新たな作品を発表し話題を呼びました。

  • 《ウタマ―歴史に現れたる名はすべて我なり》 2003年、映像スチル

  • 《一頭あるいは数頭のトラ》2017年、映像スチル

本展では、ホーのこれまでの歴史的探求の軌跡を辿るべく、最初期の作品から6点の映像インスタレーション作品を展示するとともに、国内初公開となる最新作を紹介します。ホーが監督と脚本を務めたデビュー作《ウタマ—歴史に現れたる名はすべて我なり》(2003)は、シンガポールという国名の由来「シンガプーラ(サンスクリット語でライオンのいる町)」とその地を命名したとされるサン・ニラ・ウタマに関する諸説を巡りながら、イギリス人植民地行政官スタンフォード・ラッフルズを建国者とする近代の建国物語を解体します。3Dアニメーションを用いた《一頭あるいは数頭のトラ》(2017)では、トラを人間の祖先とする信仰や人虎にまつわる神話をはじめ、19世紀にイギリス政府からの委任で入植していた測量士ジョージ・D・コールマンとトラとの遭遇や、第二次世界大戦中、イギリス軍を降伏させ「マレーのトラ」と呼ばれた軍人山下奉文など、シンガポールの歴史における支配と被支配の関係が、姿を変え続けるトラと人間を介して語られます。

  • 《名のない人》2015年、映像スチル

  • 《東南アジアの批評辞典》2012年-、映像スチル
    Image courtesy of the artist and Eduard Malingue Gallery

ホーは他にも、既存の映像を転用し、マレー半島の近現代史とその編纂に影響を与えた人物に焦点を当てた作品を制作しています。第二次世界大戦中、マラヤ共産党総書記を務めながら、イギリス、日本、フランスの三重スパイとして暗躍したライ・テックを取りあげた《名のない人》(2015)、マラヤ共産党とマラヤ危機について、党の機密情報に基づいた文献を残した、ゴーストライターとも言われているジーン・Z・ハンラハンを描いた《名前》(2015)は、いくつもの映画の断片をつなげ、複数のイデオロギーに介在した謎多き人物に、同一性をもたせることなく、その内側に迫ります。
これらの作品を生み出す基盤となるプロジェクトが、2012年から進行中の《東南アジアの批評辞典》です。幅広いソースから抽出された東南アジアに関連するAからZのキーワードとイメージが、アルゴリズムによって都度組み合わされる映像は、東南アジアというその呼び名が想起させる総体に抗う多層性、複数性を描き出します。

《ヴォイス・オブ・ヴォイド―虚無の声》2021年、展示風景
撮影:三嶋一路 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

近年日本で制作した作品からは、山口情報芸術センター[YCAM]とのコラボレーション作品《ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声》(2021)を展示します。VRと6面の映像で構成された本作では、西洋主義的近代の超克を唱え、大東亜共栄圏建設について考察した京都学派の哲学者たちの対話、テキスト、講演などが現前します。VRでは、戦争の倫理性と国家のための死についての議論が行われた座談会から、西田幾多郎の「無」の概念を象徴する抽象的空間まで、京都学派の思想と哲学者たちの主観性を体現する空間に没入することができます。

《T for Time: Timepieces》 (邦題未定) 2023年、映像スチル Image courtesy of the artist and Kiang Malingue

ホーの最新作で新たな展開ともいえる《T for Time》(邦題未定) (2023年)では、ホーが引用しアニメーション化した映像の断片が、アルゴリズムによって、時間の様々な側面とスケール—素粒子の時間から生命の寿命、宇宙における時間まで—を描き出すシークエンスに編成されます。それらが喚起する意味や感覚は、時間とは何か、そして私たちの時間の経験や想像に介在するものは何かを問いかけます。

《T for Time》 (邦題未定) 2023年、映像スチル Image courtesy of the artist and Kiang Malingue

作家プロフィール

ホー・ツーニェン Ho Tzu Nyen
1976年シンガポール生まれ、同地在住。ホー・ツーニェンの映像、映像インスタレーション、パフォーマンスは、幅広い資料や言説を参照し、再編成することで、複雑に絡み合う歴史や権力、あるいは個の複雑な主体性を描き出す。ホーの作品は世界各地で取り上げられており、2011年には第54回ヴェネチア・ビエンナーレのシンガポール館の代表を務めた。近年、マトハフ・アラブ近代美術館(カタール、2022年)、ハマー美術館(ロサンゼルス、2022年)、豊田市美術館(2021年)、クロウ・アジア美術館(米テキサス州ダラス、2021年)、山口情報芸術センター[YCAM(山口市、2021年)、ハンブルク美術館(ハンブルク、2018年)、明当代美術館(上海、2018年)などで個展を開催しており、タイランド・ビエンナーレ(チェンライ、2023年)、あいちトリエンナーレ2019(名古屋市等、2019年)、第12回光州ビエンナーレ(光州、2018年)等の国際展にも数多く参加している。また、世界演劇祭(ドイツ各地、2010年2023年)、オランダ芸術祭(アムステルダム、2018年2020年)、ベルリン国際映画祭(ベルリン、2015年)、サンダンス映画祭(米ユタ州パークシティ、2012年)、カンヌ映画祭第41回監督週間(カンヌ、2009年)など、各地の演劇祭や映画祭でも取り上げられている。2019年にはアーティストの許家維(シュウ・ジャウェイ)と共に、国立台湾美術館で開催された第7回アジア・アート・ビエンナーレのキュレーションを担当した。

ホー・ツーニェン 撮影:マシュー・テオ

基本情報

会期

2024年46日(土)~ 77日(日)

開館時間

10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)

休館日

月曜日(429日、56日は開館)、430()57()

会場

東京都現代美術館 企画展示室 B2F

観覧料

未定

主催

公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館

会期中にギャラリートーク、読書会などの関連プログラムの開催を予定しています。参加方法・詳細は当館ウェブサイトで順次公開いたします。

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