2023年11月13日(月)

わたしの見ていた風景

デイヴィッド・ホックニー展 関連プログラムとして、中高生を対象としたワークショップ「ぼく/わたしの見ている風景」を開催しました。

ホックニーは一貫して、目で見た景色(世界)をどのようにありのまま表現するかを考え、制作を続けています。今回のワークショップでは、写真家の赤羽佑樹さんを講師に迎え、ホックニーが1982年から86年にかけてポラロイドや35ミリフィルムなど写真を用いて制作したフォト・コラージュ作品を参照しながら、ホックニーが探求し続ける問いについて参加者のみなさんと一緒に考えました。

2部構成の前半では、ホックニー自身や作品に関するレクチャーを行いました。スライドを用いた解説のあとは、展示室で実際の作品を見ながら、参加者のみなさんとお話しました。

ホックニーのフォト・コラージュで重要な点は大きく2点あると考えています。
1点目は、人間に備わる「認識」について。私たちは日常生活を送る中で、何の不思議や不自由も無く、自然に視覚から得る情報を活用して生活しています。人間の眼とカメラの基本的な構造は共通している部分も多いのですが、最も大きな違いを挙げるならば、それは人間には「脳」があることではないでしょうか。四角い庭を「四角である」と捉えられるのは、人間の脳が視覚から得た情報を精査したうえでそのように判断しているからです。逆にいうと、カメラは脳がないため、(線遠近法に支配された)見たままの景色を像に収めます。《龍安寺の石庭を歩く 19832月、京都》では、四角い庭を四角のまま表現するために、ホックニーは敷き詰められた小石を数え、写真同士を貼り合わせることで、脳内にある石庭を表現しました。

2点目は、時間について。写真はシャッターが開いているコンマ1秒の光を捉え、その世界を記録します。本展で展示している《ボブ・ホルマンに話しかけるクリストファー・イシャーウッド、1983314日、サンタ・モニカ》(1983年)では、被写体である3人の人物がまるで万華鏡のように表情や動作を変えながら、貼り合わされています。これは1983314日、サンタ・モニカでホックニーの眼前で実際に起こった事実を表したものです。それは、写真というメディアが、一瞬のうちに世界を捉え、その場に起こっている景色や煌めきを固着することができるからだとすると、流れゆく日々の移ろいや世界そのものを丹念に描き続けてきた作家性とどこか通ずる点があると考えています。

ワークショップ後半では、特に1点目の「認識」について考えながら、さまざまな視点から眺めたイメージを統合する「多視点」という考え方にフォーカスし、フォト・コラージュの制作に取り組みました。

椅子と花瓶と花、そして参加者自身が持ってきたものを組み合わせ、モチーフを組みあげます。
こうして組みあげたモチーフをまずは、準備運動も兼ねてクロッキー(速写)しました。1回目はモチーフの正面に座り、見える景色をそのまま描く。2回目はモチーフのまわりを歩き回り、「多視点」を意識し、椅子の脚や座面、モチーフの一部など、なるべく多くの部分を描いてもらいました。このクロッキーを通じて、「凝視(じっくり見ること)」と「一瞥(ちらっと見ること)」という往還を体験していただけたのではないかと感じています。5分×2回の短い時間、参加者のみなさんがとても集中して取り組んでいた様子が印象的でした。

次はいよいよ、撮影です。「思っているより大きく撮影すること」「20枚以上撮影すること」などのアドバイスやルールをいくつか伝え、各々作業し始めました。こういったデジタルカメラを使用したことがある人とない人の割合が、およそ半々程度でしたが、電源の入れ方やピントの合わせ方などを伝えると、すんなりと受け入れ、ゆるやかに撮影が始まっていきました。

出力を始めると、参加者が撮影時に見ていた景色の一片が現れます。出力を待つ時間、モチーフとして持ってきた本やぬいぐるみなど、それぞれの胸に宿る大切な宝物への想いや思い出を聞くなかで、愛しい気持ちをお裾分けしてもらったような、暖かな気持ちになりました。
出力が完了したら、台紙に写真を並べ、レイアウトしていきます。それぞれが「見てきた」景色と、「見せたい」景色が複雑に絡み合いながら、ひとつの台紙にまとめあげる作業は、とても難しかっただろうと思います。

作品が完成したあとは、講師の赤羽さんからのコメントや参加者のみなさんの感想を交えながらフィードバックを行い、このワークショップを終了しました。

カメラが搭載されたスマートフォンを多くの人が手にし、写真そのものが変化しているいまの時代に、あえて80年代に制作されたフォト・コラージュの作品を取り上げ、写真というメディアのもつ特性や「見る」という行為について考えるワークショップを実施しました。
人間の脳が受け取る情報の約8割は、視覚に頼っているといわれています。そうした「見る」という行為をもう一度考え、捉え直す機会になっていたら、嬉しいです。

(コーディネーター 坂井 若葉)

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