2021年12月01日(水)

美術“じゃない”専門家との鑑賞会

ワークショップ

コロナの影響で約1年の延期になり、ようやく実施にこぎつけた2021年秋のワークショップ(実施日:2021年102日)。講師をつとめたのは、美術家の土谷享氏。土谷氏は、KOSUGE1-16というアートユニットの代表であり、スポーツをテーマにした作品や、全国各地によばれ街中でのアートプロジェクトなどを展開しています。アートプロジェクトでは、その街の歴史や風習、人物などを綿密にリサーチし形にしていきます。そうしたなかで大切なのが人々との出会い。そのほとんどが美術の世界とは関係のない方々。しかし、そうした異ジャンルとの交流は様々な気付きや視点を与えてくれるものです。
そこで、土谷氏がこれまで関わってきた、「元食品開発研究者」、「高校体育教師」、「金属加工業代表取締役」の美術“じゃない”専門家3名をゲストにお招きし、それぞれの立場からお仕事のお話を伺い、さらに各ゲストが気になった「MOTコレクション Journals 日々、記す」展(会期:2021年7月17日~10月17日)の作品を紹介してもらう。そして、参加者の皆さんにはゲストのお話から新しい視点や気づきを獲得してもらい、コレクション展を鑑賞し取材するというのが今回のワークショップです。

  • 講師の土谷享氏

  • 土谷氏の後ろに控えるゲスト3名

参加者は10名。20代前半から50代後半と幅広く、あまり美術館には来たことがないという方も複数名含まれていました。ゲストのお話もユニークで、元食品開発の玉村さんは「とにかくやってみて、日々記すの繰り返し」、体育教師の中塚さんは「見える化と観察が重要」、金属加工業の吉成さんは「1個目も1万個目も同じ品質に保つのが大変」など、お仕事で大切にされている視点などがレクチャーされました。
そして、気になったコレクション作品の紹介では、玉村さんは島袋道浩《南半球のクリスマス》を選び「わかっていることをあえてやってみている視点が面白い」、中塚さんは大岩オスカール《ゼウス:オリンピアの神(リオ、東京、パリ)》を選び「東京オリンピックの開会式は和の要素が少なかった。この作品にはたくさんの和が含まれていて好感がもてる」、吉成さんは平田実の撮影した《中西夏之「洗濯バサミ」》を選び、写真に写っているプレス機に注目し、全く同じ物を今も自分の工場で使用しているとコメントしてくれました。美術の専門家が語る話とは違った異ジャンル(未知)の話、そして作品選定の視点を伺い、参加者も熱心にメモをとっていました。

  • 元食品開発の玉村さん

  • 体育教師の中塚さん

  • 金属加工業の吉成さん

  • 各ゲストのお話に耳を傾ける

  • 熱心にメモを取る

さて、ゲストのレクチャーの後は、土谷氏考案のジャーナル・ユニットなるメモ用ツールを持って各自展示室に出向いて作品鑑賞タイム。このツールは巻物状になった和紙製のメモ用紙が装着されているボックスで、クルクルと紙を指で回しながら進めたり、巻き戻したりしながら自分の思考をメモをしていきます。

土谷氏考案のジャーナル・ユニット

  • 鑑賞し気になったことをメモしたりスケッチしたり

作品鑑賞後は再び講堂に戻り、メモの清書。色を付けたり、あらためてメモを整理する時間をとりました。そして、各自のメモをスクリーンに映し出しながら発表してもらいました。ある参加者は、自ら模写した河原温の日付を描いた「デイト・ペインティング」を見せながら「一見簡単そうにみえるが、模写してみると難しかった。起きていることは一つでも、見る人によって日付けの意味は違うと感じた」と報告。別の参加者は大岩オスカールの壁にピンで直接貼り付けられている作品を見て「ピンで何回もとめた跡があって、人間的というか生きている人がやっているんだなと感じた」と、作品が展示されている状況に注目をしていました。さらに別の参加者は照屋勇賢のファストフードの紙袋の中に木を出現させた作品を見て「紙は木からできていることを思い起こさせてくれ“そもそもは何か”という原点や基本的なことを、コロナ騒動の今こそ意識する必要がある」とコロナ禍の状況ならではの視点を作品にオーバーラップさせていました。

  • メモを読み直して清書

  • 色付け作業

  • ユニットを書画カメラで投影し発表

  • スケッチやメモを発表

以下、実施後の参加者アンケートからの感想(抜粋)です。

・初めてワークショップに参加しましたが、美術初心者でもとっつきやすい内容で楽しく取り組むことができました。
・いつもより深く作品と向き合って鑑賞ができたと思います。皆さんの発表を聞き、そんな見方や感想があるのか等たくさんの新たな感情が湧きました。
・職業やバックグラウンドの違う人と同じ作品、展示を見ること、それぞれ異なった見方や視点があることがわかり、自分の見方や相手のことがわかって面白かった。
・他人の見方を知ったり、ジャーナル作りもとても楽しかった。
・自分の見方でも良いのだと思った。ゲスト方のプロの話もとても面白く、もっと聞きたかった。

参加者の皆さんの発表やアンケートの感想から、美術“じゃない”視点は、ある意味、自分が思うままに見て良いのだという鑑賞における最も基本的な態度を後押ししてくれたように感じました。そして、新しい鑑賞の扉が開いていく感覚も味わうことができたのではないでしょうか。

終了後のスタッフ間の振り返りでは、土谷氏は「マスクで表情が読み取りにくかったが、ワークショップの新しい形が見えたのではないか」、そしてゲストの方々からは、「美術の鑑賞会には参加したことがないので、参加者それぞれの立場の話は面白かった。こういう鑑賞会も良い」とコメントをいただきました。

なお、参加者が発表した巻物状のメモは、後日全員分を土谷氏が再編集してワークショップの成果物「巻物ZINE」としてまとめ参加者に送られました。(G)

撮影:かくたみほ(成果物「巻物ZINE」除く)

後日参加者に送られた成果物「巻物ZINE」

教育普及ブログ