翻訳できない わたしの言葉

言葉や思いをそのまま受けとることから

世界には様々な言語があり、一つの言語の中にも、方言や世代・経験による語彙・文法の違いなど、無数の豊かなバリエーションがあります。話す相手や場に応じて、仲間同士や家族だけで通じる言葉を使ったり、他言語を使ったりと、複数の言葉を使い分ける人もいるでしょう。言葉にしなくても伝わる思いもあります。それらはすべて、個人の中にこれまで蓄積されてきた経験の総体から生まれる「わたしの言葉」です。他言語を学ぶことでその言語を生み出した人々の文化や歴史に触れるように、誰かのことを知ることは、その人の「わたしの言葉」を、別の言葉に置き換えることなくそのまま受けとろうとすることから始まるのではないでしょうか。

この展覧会では、ユニ・ホン・シャープマユンキキ南雲麻衣新井英夫金仁淑の5人のアーティストの作品を紹介します。彼らの作品は、みんなが同じ言語を話しているようにみえる社会に、異なる言語があることや、同じ言語の中にある違いに、解像度をあげ目を凝らそうとするものです。第一言語ではない言葉の発音がうまくできない様子を表現した作品や、最初に習得した言語の他に本来なら得られたかもしれない言語がある状況について語る作品、言葉が通じない相手の目をじっと見つめる作品、そして小さい声を聞き逃さないように耳を澄ませる体験などを通して、この展覧会では、鑑賞者一人ひとりが自分とは異なる誰かの「わたしの言葉」、そして自分自身の「わたしの言葉」を大切に思う機会を提示したいと思います。

YouTubeにて日本手話訳の映像による本展の作品解説をご覧いただけます。

展示内容と参加作家プロフィール

ユニ・ホン・シャープ|Yuni Hong Charpe
ユニ・ホン・シャープは日本語を第一言語として育ち、現在はフランスで制作活動をしています。「フランスで活動しているのに『わたしは作品をつくる(Je crée une œuvre)』くらい、正しいフランス語で発音できなくてどうするの!」と叱られた経験から、フランス語を第一言語とする子にフランス語の発音を教えてもらう映像作品《RÉPÈTE | リピート》を作りました。また、インスタレーション《旧題Still on our tongues》は、地方言語が禁止されたフランスのブルターニュ地方と沖縄の歴史に取材したものです。外部から与えられる「正しさ」と、自分の身体から生まれる音や言葉について考えます。


アーティスト/東京都生まれ。2005 年に渡仏、2015 年にパリ=セルジー国立高等芸術学院を卒業。現在はフランスと日本の二拠点で活動。アーカイブや個人的な記憶から出発し、構築されたアイデンティティの不安定さと多重性、記憶の持続をめぐり、新しい語り方を探りながら、身体/言語/声/振付を通じてその具現化を試みる。

  • 白い部屋に置かれたベンチに10歳くらいの女の子がこちらを向いて座っている。部屋の左奥には鏡があり、そこには大人の女性が映っている。女の子と女性は会話をしているようだ。字幕には「私は作品を作る」とある。

    《RÉPÈTE | リピート》2019年

  • 手前の小さな展示台には、細長い家のような形のクッキーが、1枚は白い皿に、4枚がオーブンの天板に置かれて展示されている。奥の大きな展示台には、写真やドローイング、本などが乱雑に置かれている。

    《旧題Still on our tongues》2022/2024年 展示風景
    photo: ookura hideki | KUROME photo studio

マユンキキ|Mayunkiki
マユンキキは、アイヌ語で「(聞き手を含まない)私たちが話す」を意味する《イタカㇱ》というタイトルの作品を展示します。この作品は、言葉をめぐる対話を収めた2つの映像作品と、アーティストのセーフスペースとなる空間から構成されています。写真家の金サジとの対話では、本来第一言語になりえたかもしれない言語を改めて学ぶことについて、アートトランスレーターの田村かのことの対話では、自分が話す言語を自ら選択することの意義について話しています。マユンキキを作り上げてきたもの・人々・言葉を丁寧に提示するこれらは、ステレオタイプな「アイヌらしさ」ではなく、個人としての姿を通して一人のアイヌであるマユンキキに出会うためのものです。


アーティスト/北海道生まれ。現代におけるアイヌの存在を個人の観点から探求し、映像やインスタレーション、パフォーマンスなどによって表現している。アイヌの伝統歌を歌う「マレウレウ」「アペトゥンペ」のメンバーであり、2021年からはソロ活動も開始。国内外のアートフェスティバルにパフォーマンスや展示で参加多数。

  • 間接照明だけの暗い部屋の中央に、ピンク色のシーツのかけられたベッドがある。側には本棚と、木彫りの熊の置物の置かれた台、小さなテーブルと丸いスツールが2つ置かれている。ベッドのすぐ横の壁の上の方には、パッチワークのタペストリーが架かっている。

    マユンキキ《Itak=as イタカㇱ》2024年 セーフスペース展示風景

  • 暗い部屋の白い壁にモニターがつけられている。モニターに映る映像では、殺風景な会議室のようなところで2人の女性が話をしている。左側の女性は黒髪を一つ結びにし、少し上の方を見つめたまま話している。字幕には「言葉を学ぶっていうことも民族の誇りとかではなくカジュアルなものに変換しているから」とある。右側の明るい髪色の女性は少し低い位置に座り、話を聞いている。モニターのある壁の足元には赤い布が敷かれ、ムーミンの人形とろうそくを模した小さい灯りが置かれている。

    マユンキキ《Itak=as イタカㇱ》2024年 映像「言葉をめぐる対話 サジと」展示風景

南雲麻衣|Mai Nagumo
南雲麻衣の作品は、3つの映像からなるインスタレーション《母語の外で旅をする》です。母親、友人、パートナーと、話す相手が変わるとアーティストが使う言語も変わります。南雲の日常は、言語と言語の間をさまよう旅の繰り返しなのです。幼児期に聴覚を失った彼女は音声日本語を母語として育ち、今は日本手話を第一言語としています。「複数の言語を持つと、本当に帰属しているのはどちらなのかを常に問われていると感じる。」と南雲はいいます。音声言語と視覚言語を二項対立として考えるのではなく、そのあわいで揺れながら選択をし続けることは、単一言語主義へのささやかな抵抗の実践なのです。


ダンサー、パフォーマー/神奈川県生まれ。幼少時からモダンダンスを学び、現在は手話を活かしたパフォーマンスや演劇など、身体表現全般に活動を広げる。カンパニーデラシネラ「鑑賞者」出演(2013年)、百瀬文《Social Dance》出演(2019年)など。音声言語と視覚言語を用いた複数言語の「ゆらぎ」をテーマにし、当事者自身が持つ身体感覚を「媒介」に、各分野のアーティストとともに作品を生み出している。また、言葉を超えた感覚を共有し合うワークショップも行っている。

  • 円グラフのように3つのエリアに区切られたカーペットがあり、その中央にモニターのついた白い柱が置かれている。手前の青いカーペットのエリアには小さい机と椅子が2脚置かれ、モニターにはテーブルを挟んで会話する2人の人物が見えている。右奥の水色のカーペットのエリアには丸い天板のローテーブルと、丸いスツールがいくつかある。左奥の紺色のカーペットのエリアには長いダイニングテーブルと、背もたれのある椅子がいくつかある。

    南雲麻衣《母語の外で旅をする》2024年 展示風景 photo: ookura hideki | KUROME photo studio

  • ダイニングキッチンのテーブルで、2人の女性が会話をしている。テーブルの上にはカーネーションと古い写真アルバム。使い込まれた台所を背にした若い女性は体をこちらに向けており、向かいあって若い女性の顔を見ている高齢の女性の表情は見えない。若い女性が話しているところで、字幕には「コミュニケーションがあんまりなかった」とある。

    南雲麻衣《母語の外で旅をする》2024年 映像「Mother」

新井英夫|Hideo ARAI
新井英夫は、障害や高齢や生きづらさから言葉を表出しにくい/身体が動かしにくい人たちと向き合う身体表現ワークショップを手がけてきました。それは人それぞれが心地よいと思う動きや美しさを尊重し、その人らしさを丸ごと肯定するものです。その源泉を新井は、だれの体にも存在する「からだの声」と呼びます。今回展示する《からだの声に耳をすます》では、微かな声に耳を傾けたり、身体の些細な動きを意識したりというワークを紹介します。現在、全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病と対峙している新井の日記的即興ダンス映像も、身体と言葉のつながりについて考えるきっかけとなるでしょう。


体奏家、ダンスアーティスト/埼玉県生まれ。野外劇や大道芸ダンス公演などを行う身体表現グループ「電気曲馬団」を主宰し活動する傍ら、自然に沿い力を抜く身体メソッド「野口体操」に出会い、野口三千三氏から学ぶ。その後ソロ活動に転じ国内外でダンスパフォーマンスをしながら、日本各地の小中学校・公共ホール・福祉施設等でワークショップを展開。2022年夏にALS(筋萎縮性側索硬化症)の確定診断を受けた後も、ケアする/される関係を超越した活動を精力的に継続している。

  • 木の床と白い壁の展示室。天井からは大きな白い幕のようなものが架かっており、風でそよいでいるようだ。部屋の中央には、畳敷きの小上がりがあり、小さなクッションのようなものがいくつも置かれている。右奥には覗き穴の開いた壁で区切られた扇形の空間がある。畳の向こうには、白いシーツのようなものが架けられた木の枠が3つ並んでいる。

    新井英夫《からだの声に耳をすます》2024年 展示風景 photo: ookura hideki | KUROME photo studio

  • 大きな電動車いすに乗った、Tシャツとカーゴパンツの男性が笑顔で片目をつぶって、向かいに立っている女性の持つ透明な文字盤に視線を向けている。文字盤を持つ女性は緑色のジャケットを着て、長い黒髪を一つ結びにしている。文字盤を男性の目線にあわせるために、少しだけ膝をかがめ、笑顔を見せている。二人の背後の壁には、付箋紙がたくさん貼られている。

    新井英夫《からだの声に耳をすます》2024年 ワーク「目でおしゃべりする」を来場者と楽しむ新井英夫 photo: ookura hideki | KUROME photo studio

金仁淑|KIM Insook
金仁淑は、滋賀県にあるブラジル人学校サンタナ学園に通う子ども達との出逢いを、一人ひとりのビデオポートレートと見つめ合うことで体験する映像インスタレーション《Eye to Eye》(2024年木村伊兵衛写真賞受賞作)と、彼らと一緒に作ったアートブックをブラジルに帰った子に届けに行った様子を収めた新作《扉の向こう》を展示します。金仁淑は作品の中に登場する人物がどのような状況に置かれているかではなく、個性や魅力に着目して人として出逢うことに主眼を置いています。丁寧なコミュニケーションを積み重ねて制作される作品は、他者や自分自身と多面的に出逢うためのプラットフォームなのです。


アーティスト/大阪府生まれ。韓国への留学を機にソウルに15年間居住後、現在ソウルと東京を拠点に制作活動を展開。「多様であることは普遍である」という考えを根幹に置き、「個」の日常や記憶、歴史、伝統、コミュニティ、家族などをテーマにコミュニケーションを基盤としたプロジェクトを行い、写真、映像を主なメディアとして使用したインスタレーションを発表している。

  • 暗い展示室の中に、プロジェクションされた6つの画面が浮かんでいる。右にある一番大きな横長スクリーンには、高い建物がない畑のような場所が映っている。左の壁にある横長の画面には、ピンク色のパーカーを着た女性と水色のカーディガンを着た長身の女性が映っている。部屋の中央に置かれた4つの縦型のスクリーンには、幼児から高校生くらいの子どもが一人ずつ、こちらに目を向けて映っている。

    金仁淑《Eye to Eye, 東京都現代美術館Ver.》2024年 展示風景 photo: KIM Insook ©KIM Insook

  • 横方向の木の格子壁と白い壁の空間。格子壁には、ポスターのようなものが入った額が架かっている。ポスターの右半分はレトロな雰囲気の建物の写真で、左半分はカラーチップが40個ほど並んでいる。白い壁にはモニターがついており、そこには高校生くらいの長い髪を下した女の子が、自分の部屋のベッドの上で、ポスターと同じデザインの本を読んでいる。字幕には「それぞれの場所で」とある。

    金仁淑《扉の向こう》2024年 展示風景 photo: KIM Insook ©KIM Insook

基本情報

会期

2024年418()~7月7日() *当初予定から会期を変更しています

休館日

月曜日(429日、56日は開館)、430日、57

開館時間

10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)

観覧料

一般1,400 円(1,120円) / 大学生・専門学校生・65 歳以上1,000円(800円) / 中高生600円(480円) / 小学生以下無料

※(  ) 内は20名様以上の団体料金
※本展チケットで「MOTコレクション」もご覧いただけます。
※小学生以下のお客様は保護者の同伴が必要です。
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付添いの方(2名まで)は無料になります。
※ 毎月第3水曜(シルバーデー)は、65歳以上の方は無料です。(チケットカウンターで年齢を証明できるものを提示)
※家族ふれあいの日(毎月第3土曜と翌日曜)は、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住を証明できるものを提示/2名まで)の観覧料が半額になります。
※[学生無料デー Supported by Bloomberg] 5月11日(土)・12日(日)の2日間、中高生・専門学校生・大学生は本展が無料です。(チケットカウンターで学生証を提示)

オンラインチケットはこちら会期中日時指定なしで、1枚につきお一人様各展覧会1回限りご入場いただけるオンラインチケットです。ご購入後のキャンセル・変更は一切できません。美術館チケットカウンターにて当日券も販売します。

会場

東京都現代美術館 企画展示室1F

主催

公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館

その他のご案内

ラウンジ

本展覧会では順路の最後の部屋を、読書やおしゃべり、休憩のためのラウンジとしています。アーティスト達のインタビューを収めたハンドアウトも、ここで配布しています。
壁面には、「わたしの言葉」についての思い出や考えを書いて吊るすガーランドがあります。(掲出数には限りがあります)

ラウンジ photo: ookura hideki | KUROME photo studio

カームダウン・クールダウンスぺース

展示室の一角に、音や光、情報量の多さなどでストレスを感じる方が気持ちを落ち着けるための「カームダウン・クールダウンスペース」を設けています。スタッフに声をかけずに、自由に利用できます。
仮設のスペースのため遮音・遮光が十分ではありませんが、アイマスク、耳栓、ブランケット、ウェイトブランケットを備え付けてあります。

写真撮影について

金仁淑さんの展示エリアをのぞき、以下の条件で写真撮影が可能です。
ただし、肖像権に配慮して人物の撮影に関してはお断りをしています。撮影不可の作品については、撮影NGマークを貼付していますが、判断が難しい場合にはスタッフにおたずねください。
*動画撮影については、新井英夫さんの影ダンスのコーナーのみ、OKとしています。

ユニ・ホン・シャープ
《RÉPÈTE | リピート》2019年 撮影NG
《旧題Still on our tongues》2022/2024年 撮影OK

マユンキキ
映像2点は撮影OK
セーフスペース内のインスタレーションビュー撮影OK、ただし人物(「展示品」となっている方や、展示されている人物写真など)については、撮影してもよいかおたずねください

南雲麻衣
インスタレーションビュー撮影OK、ただし映像作品の中の人物の顔がはっきり見える撮影はNG

新井英夫
撮影OK、ただしワークショップ記録写真の撮影はNG
影ダンスのコーナーのみ、動画撮影OK(#MOT #arai_danceでシェアをお願いします)

金仁淑
撮影NG

なお、撮影の可否については、混雑状況などにより変更となることもございます。ご了承ください。

鑑賞時間の目安

本展は、映像作品が多いため、展示されている映像作品(マユンキキのYouTubeチャンネルで公開している「マユンキキとイタカンロ+」を除く)をすべて見ると、3時間かかります。
お時間に余裕をもってご来館ください。

展覧会チラシ(PDF)

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