翻訳できない わたしの言葉

言葉や思いをそのまま受けとることから

世界には様々な言語があり、一つの言語の中にも、方言や世代・経験による語彙・文法の違いなど、無数の豊かなバリエーションがあります。話す相手や場に応じて、仲間同士や家族だけで通じる言葉を使ったり、他言語を使ったりと、複数の言葉を使い分ける人もいるでしょう。言葉にしなくても伝わる思いもあります。それらはすべて、個人の中にこれまで蓄積されてきた経験の総体から生まれる「わたしの言葉」です。他言語を学ぶことでその言語を生み出した人々の文化や歴史に触れるように、誰かのことを知ることは、その人の「わたしの言葉」を、別の言葉に置き換えることなくそのまま受けとろうとすることから始まるのではないでしょうか。

この展覧会では、ユニ・ホン・シャープマユンキキ南雲麻衣新井英夫金仁淑の5人のアーティストの作品を紹介します。彼らの作品は、みんなが同じ言語を話しているようにみえる社会に、異なる言語があることや、同じ言語の中にある違いに、解像度をあげ目を凝らそうとするものです。第一言語ではない言葉の発音がうまくできない様子を表現した作品や、最初に習得した言語の他に本来なら得られたかもしれない言語がある状況について語る作品、言葉が通じない相手の目をじっと見つめる作品、そして小さい声を聞き逃さないように耳を澄ませる体験などを通して、この展覧会では、鑑賞者一人ひとりが自分とは異なる誰かの「わたしの言葉」、そして自分自身の「わたしの言葉」を大切に思う機会を提示したいと思います。

本展では日本手話訳の映像による作品解説を5月中旬公開予定です。

展示内容と参加作家プロフィール

ユニ・ホン・シャープ|Yuni Hong Charpe
ユニ・ホン・シャープは「Je crée une œuvre(私は作品を作る)」というフランス語の発音を、フランス語を第一言語としている長女に訂正してもらう様子を描いた映像作品《RÉPÈTE | リピート(2019)を展示します。母語として育った言語以外の音を正確に捉えて発音するのは難しく、外国語学習や共通語のアクセントに苦労したことのある人は多いのではないでしょうか。アーティストは最後に「正しい」発音で「Je crée une œuvre」を言うことができるようになります。しかし「正しい」発音でなくても、それはアーティストが「わたしの言葉」として使っている言葉なのです。


アーティスト/東京都生まれ。2005 年に渡仏、2015 年にパリ=セルジー国立高等芸術学院を卒業。現在はフランスと日本の二拠点で活動。アーカイブや個人的な記憶から出発し、構築されたアイデンティティの不安定さと多重性、記憶の持続をめぐり、新しい語り方を探りながら、身体/言語/声/振付を通じてその具現化を試みる。

  • 白い部屋に置かれたベンチに10歳くらいの女の子がこちらを向いて座っている。部屋の左奥には鏡があり、そこには大人の女性が映っている。女の子と女性は会話をしているようだ。字幕には「私は作品を作る」とある。

    《RÉPÈTE | リピート》2019年

  • ふたりの人物が向かい合って、カフェのテーブルでクッキーを食べている。クッキーはプレーンな生地で平たく、家や鉛筆のような細長い五角形をしている。

    《Still on our tongues》2022年

マユンキキ|Mayunkiki
日本列島北部周辺の先住民族アイヌであるマユンキキは、アイヌという存在自体の否定、ステレオタイプや理想の押し付けに直面しています。民族全体を代表していると捉えられたり、アイヌらしさを期待されたりすることも認識しながら、個人として言葉を紡ぎ、自分を作り上げてきたもの・人々・言葉を丁寧に提示する試みを続けています。本展では、本来第一言語になりえたかもしれない言語を改めて学ぶことについて、写真家の金サジと対話する映像、その対となるものとして自分が話す言語を自ら選択することの意義について、アートトランスレーターの田村かのこと対話する映像とあわせ、セーフスペースとしての空間の中に、マユンキキを作り上げてきた様々な要素を展示します。


アーティスト/北海道生まれ。現代におけるアイヌの存在を個人の観点から探求し、映像やインスタレーション、パフォーマンスなどによって表現している。アイヌの伝統歌を歌う「マレウレウ」「アペトゥンペ」のメンバーであり、2021年からはソロ活動も開始。国内外のアートフェスティバルにパフォーマンスや展示で参加多数。

  • 白い壁の部屋がつながったギャラリーでの展示風景。画面奥と右側の壁に、プロジェクションで男性と女性が話をしている様子が映し出されている。ギャラリーの中には展示ケースが点在している。

    《Siknure – Let me live》2022年、 Ikonギャラリー(バーミンガム)での展示風景 Photographer Stuart Whipps, courtesy of Ikon Gallery.

  • 化粧をしている女性が右を向いている横顔。髪は束ねているようで、ピアスホールを複数あけた耳が見えている。パウダーケースの小さな鏡をのぞき込みながら、濃い青のライナーで唇に線をひいている。

    Photo by Hiroshi Ikeda

南雲麻衣|Mai Nagumo
南雲麻衣は3歳半で失聴し7歳で人工内耳適応手術を受け、音声日本語を母語として育ちました。大学生になって手話(視覚言語)と出会い、今は日本手話を第一言語とするろう者としてのアイデンティティを獲得しています。「複数の言語を持つと、本当に帰属しているのはどちらなのかを常に問われていると感じる。」と南雲はいいます。音声言語と視覚言語を二項対立として考えるのではなく、そのあわいで揺れながら選択をし続けることは、単一言語主義へのささやかな抵抗の実践なのです。本展では、彼女の言語獲得や言葉との付き合い方を描く映像インスタレーション《母語の外で旅をする》()(撮影・編集:今井ミカ)を展示します。


ダンサー、パフォーマー/神奈川県生まれ。幼少時からモダンダンスを学び、現在は手話を活かしたパフォーマンスや演劇など、身体表現全般に活動を広げる。カンパニーデラシネラ「鑑賞者」出演(2013年)、百瀬文《Social Dance》出演(2019年)など。音声言語と視覚言語を用いた複数言語の「ゆらぎ」をテーマにし、当事者自身が持つ身体感覚を「媒介」に、各分野のアーティストとともに作品を生み出している。また、言葉を超えた感覚を共有し合うワークショップも行っている。

  • 日差しが強く、光と影のコントラストが強い公園。画面の中央には、ブランコのチェーンがサンキャッチャーのように光を反射している。その光の向こう側でブランコのチェーンを握って微笑む20代くらいの女性がいる。

    Photo: 齋藤陽道

  • 屋外で、歩道橋や外階段の踊り場のようなところに、Tシャツ姿の女性が立っている。彼女は重心を大きく背中側に倒しており、これから大きく姿勢を変えて動き出しそうな雰囲気である。

    Photo: k. kawamura

新井英夫|Hideo ARAI
新井英夫は、障害のある人や高齢者など、思い通りに言葉を表出しにくい/身体が動かしにくい人たちと向き合い、内なる「からだの声」に耳を澄まし尊重しあう身体表現ワークショップで高い評価を受けています。コミュニケーションには、発信する力だけではなく、聴く力も重要です。誰かの「わたしの言葉」を聞き逃さないように、言葉になる前の「からだの声」に気づくように、今回は展示室内で微かな音を奏で耳を傾けたり、身体の些細な動きを意識したりというワークを、鑑賞者に提示します。現在、全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病と対峙している新井の日記的即興ダンス映像も、身体と言葉のつながりについて考えるきっかけとなるでしょう。


体奏家、ダンスアーティスト/埼玉県生まれ。野外劇や大道芸ダンス公演などを行う身体表現グループ「電気曲馬団」を主宰し活動する傍ら、自然に沿い力を抜く身体メソッド「野口体操」に出会い、野口三千三氏から学ぶ。その後ソロ活動に転じ国内外でダンスパフォーマンスをしながら、日本各地の小中学校・公共ホール・福祉施設等でワークショップを展開。2022年夏にALS(筋萎縮性側索硬化症)の確定診断を受けた後も、ケアする/される関係を超越した活動を精力的に継続している。

  • 小学校に入る前のこども達と保護者が輪になって座っている。その輪の中央では、帽子をかぶった男の子と、赤いTシャツとゆったりとしたパンツを身に着けた男性が、顔をみあわせて踊っている。

    親子WSで輪になって 即興ダンスセッション!! ©水都大阪2009

  • 画面の上半分には柔らかい雲が広がる青い空があり、その下にゆったりと川が流れる。川岸のウッドデッキのようなところで目を閉じて手を大きく上げて踊る、車椅子の男性がいる。

    《踊ルココロミ Improvisation Dance with ALS》2022年- 撮影:イタサカキヨコ

金仁淑|KIM Insook
金仁淑は、滋賀県にあるブラジル人学校サンタナ学園との出逢いを学校の日常を背景に1人1人と見つめ合うことで表現した10ch映像インスタレーション《Eye to Eye》(2023年恵比寿映像祭コミッション・プロジェクト特別賞受賞)に加え、その後の出逢いを収めた新作を展示します。日本語を使わない在留外国人は独自のコミュニティを持っており、日本語を使う前提で暮らす地域社会と接する機会は多くはありません。しかし言葉は違っても、出逢うことができれば仲良くなれたり見つめあえたりします。アーティストが丁寧にコミュニケーションを積み重ねて制作したこの作品は、まさに彼ら一人ひとりに出逢うためのプラットフォームなのです。


アーティスト/大阪府生まれ。韓国への留学を機にソウルに15年間居住後、現在ソウルと東京を拠点に制作活動を展開。「多様であることは普遍である」という考えを根幹に置き、「個」の日常や記憶、歴史、伝統、コミュニティ、家族などをテーマにコミュニケーションを基盤としたプロジェクトを行い、写真、映像を主なメディアとして使用したインスタレーションを発表している。

  • 暗い展示室の中に、プロジェクションされた5つの画面が浮かんでいる。中央奥には、学校の教室。手前の4つの画面には、中学生か高校生くらいの男女が、画面に一人ずつ、こちらを向いて映っている。

    《Eye to Eye》2023年 恵比寿映像祭2023コミッション・プロジェクト ©KIM Insook

  • 暗い展示室に、プロジェクションされた3つの画面と、床に置かれた小さなモニターがある。モニターには中年女性が話している様子。3つの画面には、未就学から小学校低学年までくらいの子どもが、画面に一人ずつ、こちらを向いて映っている。

    《Eye to Eye》2023年 恵比寿映像祭2023コミッション・プロジェクト ©KIM Insook

基本情報

会期

2024年418()~7月7日() *当初予定から会期を変更しています

休館日

月曜日(429日、56日は開館)、430日、57

開館時間

10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)

観覧料

一般1,400 円(1,120円) / 大学生・専門学校生・65 歳以上1,000円(800円) / 中高生600円(480円) / 小学生以下無料

※(  ) 内は20名様以上の団体料金
※本展チケットで「MOTコレクション」もご覧いただけます。
※小学生以下のお客様は保護者の同伴が必要です。
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付添いの方(2名まで)は無料になります。
※ 毎月第3水曜(シルバーデー)は、65歳以上の方は無料です。(チケットカウンターで年齢を証明できるものを提示)
※家族ふれあいの日(毎月第3土曜と翌日曜)は、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住を証明できるものを提示/2名まで)の観覧料が半額になります。
※[学生無料デー Supported by Bloomberg] 5月11日(土)・12日(日)の2日間、中高生・専門学校生・大学生は本展が無料です。(チケットカウンターで学生証を提示)

オンラインチケットはこちら会期中日時指定なしで、1枚につきお一人様各展覧会1回限りご入場いただけるオンラインチケットです。ご購入後のキャンセル・変更は一切できません。美術館チケットカウンターにて当日券も販売します。

会場

東京都現代美術館 企画展示室1F

主催

公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館

展覧会チラシ(PDF)

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