2020年06月09日(火)

もつれるものたち展 作品解説

トム・ニコルソン | Tom Nicholson

1973年メルボルン(オーストラリア、ビクトリア州)生まれ、同地在住。
トム・ニコルソンはドローイング、映像、インスタレーション、アクション、テキストなどのメディアを用いて、オーストラリア国内外の植民地主義の歴史と関わり、国民国家システムの限界を批評してきた。また、アーカイブの調査や協働制作を通じて、歴史上の異なる時間、場所、人々をつなぐことで、埋もれた歴史の層や、ありうる歴史の軌道を描く。
《相対的なモニュメント(シェラル)》(2014 -2017)は、「シェラル・モザイク」と呼ばれているモザイクの返還を想像することから展開したプロジェクトである。第一次世界大戦中、ガザ近郊で戦っていたオーストラリア兵が、シェラルの町付近の丘で発見したこのビザンティン様式のモザイクは、6 世紀のキリスト教会の床に施されていたもので、動物たちの図像でアニミスト的世界観を描いている。モザイクは兵士たちによって剥がされ、オーストラリアに運ばれた後、1941年にオーストラリア戦争記念館の「武勇の間」の壁に埋め込まれた。
ニコルソンは本作で、オーストラリア戦争記念館に存在するもうひとつのモザイク—キリスト教的世界観で国家に命を捧げた人々を称える黄金のドーム・モザイクに光を当てている。そのドームのタイルから、新たな「シェラル・モザイク」を作り、今も土地の所有が争われているガザへと返還するという展望を本作で描くことで、支配と移動の問題、返還によって起こりうる変化や、新たな政治的認識について考察している。

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ピオ・アバド | Pio Abad 

1983年マニラ(フィリピン)生まれ、ロンドン(イギリス)在住。
フィリピンの現代史に深く関わるアバドの作品は、複数の社会的、歴史的文脈を作品に織り込み、権力と表象の関係性について探求してきた。幅広いメディアを駆使し、またしばしば引用や反復表現を用いて政治的不正を批判すると同時に、不正に異を唱える人々への連帯を示す。
《ジェーン・ライアンとウィリアム・サンダースのコレクション》(2014 -2019)は、第10代フィリピン共和国大統領フェルディナンド・マルコスとその妻イメルダが所有し、後にフィリピン政府に差し押さえられたオールド・マスター絵画を複製した98組のポストカードで構成されている。カードの裏面にはマルコス政権の汚職の規模や、美術界や政界に存在する彼らの巨大なネットワークをほのめかす記事が引用されている。作品タイトルは、夫妻がスイス銀行の口座名に使っていた偽名を暴いている。鑑賞者はポストカードを持ち帰ることができるが、それは人々への返還を象徴するものでもある。
《栄華》(2019)は、1989年のルーマニア革命で失墜したニコラエ・チャウシェスクのかつての邸宅で、今は博物館となっている「春の宮殿」と、チャウシェスク夫妻が処刑される前に収容されていた軍事基地で撮影された一連の写真で、本展では8点のうち5点を展示している。これらは贅を尽くした邸宅内の家具や、夫妻が最後の数日を過ごした部屋の薄いカーテンを大きく捉えることで、独裁者の私的な生に焦点を当てている。アバドはルーマニアとフィリピンのトラウマの遺産に関わる両作品を通じて、正義の限界を問い、また、痛みに満ちた過去を国家は解決することができるのかを考察している。


ミックスライス │ mixrice 

チョ・ジウン(1975年生まれ)とヤン・チョルモ(1977年生まれ)が2002年に設立したアーティスト・デュオ。ソウル(韓国)在住。
ミックスライスは領域横断的な活動で、韓国に居住する移民と継続的に関わっている。国境を超えてきた人々が抱く切望や記憶をいかに共有できるか、プロジェクトを通じて彼らと共に探る一方で、韓国社会の差異への眼差しや、国家を軸とした共同体や帰属意識に問いを投げかけてきた。
ミックスライスはまた、都市開発やエネルギー開発によって移動する、もしくは移動を強いられる存在としての植物に着目している。《(どんな方法であれ)進化する植物》(2013)はその調査を基盤としたもので、開発で移植された植物が置かれた状況を追った2面の映像と14点の写真で構成されている。都市空間の日常風景から、植物の移動の物語を紡ぎながら、かつては崇められる存在であった木を商品化する資本主義的な市場原理とその構造的暴力に切り込んでゆく。また作品は、厳しい環境でも成長を止めない植物の姿と共に、自然破壊をもたらすエネルギー開発に生身で抵抗する高齢女性たちの姿も捉えている。本作は社会から見過ごされている存在に寄り添い、その声を鑑賞者に届けようするミックスライスのアーティストとしての一貫した姿勢を示していると言える。


ジュマナ・マナ │ Jumana Manna 

1987年プリンストン(米国、ニュージャージー州)生まれ、エルサレム(イスラエル)育ち。ベルリン(ドイツ)在住。
ジュマナ・マナは映像と彫刻を主なメディアとし、特に植民地主義の遺産や、暮らしと関わるシステムに表出する力関係を探求してきた。身体、考古学、産業構造、文化的環境を参照し融合するマナの作品は、彼女が関わる場所や移動に特徴づけられている。
《貯蔵(保険)》(2018-2019)と題した彫刻たちは、建築物の断片を想起させ、元の場所から移設された考古学的遺構のように置かれている。キャビネットのような形状は、レバント地方の農村建築に特徴的な貯蔵庫で、いわば現代の冷蔵庫の祖先にあたるカビヤスに触発されている。それはしばしば家の中に作りつけられ、家族や村落の種子や穀物、油、ワインが蓄えられた。粘土や消石灰、牛糞、干し草でできていて、上部に空洞が、下部には穀物を詰めるための小さな穴がある。
実際のカビヤスより開口部を広げ、人体のスケールにより近づけた彫刻たちは人格化されているようにも見える。また、その形に抽象性をもたせることで鑑賞者の見方を広げ、もの=身体に、人々が持つ習慣や、領域、系譜がいかに反映されるのかについての考察を促す。現代の貯蔵方法を示唆するグリッド構造をもうひとつの特徴とする本作は、人々の暮らしや知識が、生存の実践から、資本増加のための中央集権的な経済システムの一部へと変化したことを強調している。

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岩間朝子 │ Asako Iwama

1975年東京生まれ、ベルリン(ドイツ)在住。
料理人としての経験を持つ岩間朝子は、食糧の生産、分配、消費、そこに生じる摩擦について人々と共に考える場を作ってきた。近年は協働作業を取り入れた制作を通じて、自然と人間との関係の歴史的、技術的な変化に関わる社会構造について思索を広げている。
新作《ピノッキオ》(2020)もそのような実践である。第二次世界大戦末期、日本軍が松の根から航空燃料を生産しようと試みた史実を知った岩間は、木にとって養分を循環させ傷を塞ぐための樹液が燃料へと変容するに至った背景や開発方法について調べた。また、ドイツやフランスでの松の利用についても調べ、幹に残された採取の傷痕や、採取に携わる労働者の身体、彼らが使う道具、蒸留装置などを複数の方法で型取った。
本作ではそうして制作されたものたちがゆるやかな結びつきを成している。それは、現代社会にも存在する松の木と人間との密接な関係を示唆すると共に、循環、制御、純化といった概念の意味を開いてゆく。そのひとつの手がかりとして岩間は、丸太が人間のこどもになる顛末を描いたカルロ・コッローディの1883年の小説「ピノッキオの冒険」(Pino=イタリア語で「松」)からタイトルを引用した。また道教に関する文献で目にした、仙人が松を食して不老不死となったという話から、版画で「松仙人」を描いた。人間と松の木の関わりから連なる複数の変容の物語は、鑑賞者の想像と考察によって補完されるものでもある。

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磯辺行久 │ Yukihisa Isobe

1935年東京生まれ、同地在住。
磯辺は、抽象的フォルムやシンボル、自然の風景や生物に強い関心を持ち、画家としての活動を開始した。1965年に渡米し、ペンシルバニア大学で地質学、生態学、文化人類学などを学び、土地固有の条件に適した開発利用を提唱するエコロジカル・プランニングに携わるようになる。磯辺はその後、この分野で使われる図形や統計記号などを芸術的実践に組み込んでゆく。
本展の展示作品からは、磯辺の資源目録の作成や抽象表現への関心が見てとれる。大型作品《不確かな風向》(1998)は、風のエネルギーの流れによって絶えず変容する環境を示唆する。大阪湾と六甲山の一連のエコロジカル・マッピングは、当時の国土庁から委託された調査報告として作られた。地震や都市災害の危険地域の特定や防災計画を目的に、それぞれの土地の特性を複数の層に分けて可視化している。4点の《パーソナル・ランドスケープ》(2000-2001)は、磯辺がフランスで訪れた都市の地図に、抽象的、幾何学的な図形などを描き加えたものである。これについて磯辺は「風景を目で見た印象でとらえるのではなく、風景を構成している仕組そのものを主体的に判読すること」*と述べている。
磯辺は科学と芸術を織り交ぜた地図作成という表現言語を発展させ、独自の環境目録や、主観的な風景の制作を通じて、地球温暖化、自然資源の枯渇や土壌汚染などの問題を提示している。また、自然と文明の対立に異を唱え、土地環境、自然の循環、人間活動の連関、その長期的かつ重要な相互作用を想起させる。

* 北川フラム「美術の本源ヘ─」『磯辺行久─環境・イメージ・表現』展覧会図録、市原湖畔美術館(2013年9月)、p2


リウ・チュアン │ Liu Chuang 

1979年湖北省(中国)生まれ、北京在住。
現代中国の社会経済的問題に取り組む作品で知られているリウ・チュアンは、公共空間への介入やレディメイドを取り入れながら、映像、インスタレーション、パフォーマンス、そして建築的要素を含む作品を発表してきた。それらは、彼が日常で経験したグローバリゼーションや、生活の基盤となる社会的、政治的システムに対する新たな解釈を提示している。
3 面の映像作品《ビットコイン採掘と少数民族のフィールド・レコーディング》(2018)は、技術、インフラストラクチャー、自然環境、そして金融に関する歴史と進化との間をつなぐ思索の旅である。既存の映像素材とリウが撮影した映像、サイエンスフィクションと人類学的洞察とを織り交ぜながら、中国における初期の情報ネットワーク構築、水力発電、そしてビットコイン採掘を繋げ、エネルギーと情報の絶え間ない連関を展開してゆく。それは、システムやネットワークに人々がなんらかの形で組み込まれている現実や、資本主義におけるエネルギー資源の獲得競争が地球と社会にもたらす政治的影響についての洞察を提示している。本作はまた、地球の地表と物質、それらのもつれた記憶を異なる視点から捉え、主体性を獲得することの重要性を示している。


カプワニ・キワンガ │ Kapwani Kiwanga 

1978年ハミルトン(カナダ、オンタリオ州)生まれ。パリ(フランス)在住。
カプワニ・キワンガは、調査に基づいて制作する映像やインスタレーション、パフォーマンスを通じて、周縁化された歴史に光を当てる。ものや物質の間に存在する文化的な関連性や象徴を強調することで、隠された権威主義的構造や制度上のからくり、力の不均衡を明らかにする。
《「マジ」は嘘だった…という噂》(2014)は、1905年から1907年かけてドイツ東アフリカ(現タンザニア)で起きた反植民地蜂起であるマジ・マジ反乱に関する物的痕跡や、生きた記憶に存在する空白を探求している。ドイツの植民地支配下で、輸出用綿花の過酷な生産を強いられた人々が起こしたこの反乱は、アニミズム信仰を取り入れた霊媒師キンジキティレ・ングワレによって牽引された。作品は、保管装置、構造体、そして映写機として機能する棚の上で展開し、個人の記録から紡ぎ出される物語を提示しながら、古典的な知識の類別方法に疑問を投げかける。発見されたもの、書籍、布、映像、またその狭間に存在する空白をもって記憶を編み合わせ、重要な歴史を再訪しようと試みる本作は、現在と未来に取り憑く、いまだ解明されていない過去を再読することの重要さを強調する。


デイル・ハーディング │ Dale Harding

1982年モランバ(オーストラリア、クイーンズランド州)生まれ、ブリスベン(クイーンズランド州)在住。
中央クイーンズランドのビジャラ、グンガル、ガリンバルの子孫であるデイル・ハーディングは、自身の親族、特に母方の高齢者たちの社会的、政治的経験について探求している。また、アボリジニ文化に現存する技術や道具、表現方法を使って作品制作を続けている。
《正しい判断で知りなさい》(2017-)と題するシリーズの新たな展開としての本作は、形ある知の証として彼が受け継いだものを実際に用いて、凝り固まった西洋主義的な知識の限界を指摘する。展示台には、ハーディングが祖母から受け継いだ木彫のウーメラ(投槍器)と、彼の叔父が執筆した書籍「ティム・ケンプ氏のオーラルヒストリー」の写本が展示されているが、それらはガラスケースによってアクセスが遮られ、沈黙している。一方、壁面には、ハーディングが先人から受け継いだ技法で、赤黄土を吹き付けて転写したウーメラのコンポジションがある。作品は、身体に内在する祖先との精神的なつながりに重点を置きながら、ものとその表象、身体の関係を探求する。
ハーディングがいとこのヘイリー・マシューと協働で制作した本作は、高齢者たちとの経験を分かち合うと共に、それが自らの生にいかに息づいているかを共有するプロセスでもあった。私的であると同時にコレクティブなハーディングの実践は、祖先から受け継いだものを植民地主義的な言説から解放し、新たな意味を見出しながら、共同体の遺産とその継承について探り続ける。


ザ・プロペラ・グループ & スーパーフレックス | The Propeller Group and Superflex

ザ・プロペラ・グループは2006年ホーチミン(ベトナム)にて、スーパーフレックスは1993年コペンハーゲン(デンマーク)にて設立。
ザ・プロペラ・グループはコレクティブとして、ベトナムの歴史的な混乱、冷戦の遺産、新植民地主義の興隆に関わる社会的、政治的問題を探求している。スーパーフレックスとは何度か協働を重ねており、テレビ番組や映像インスタレーションなど、異なる表現方法で植民地主義の前提を明らかにしながら、歴史的な物語に関わるものの意味を探求している。
彼らが共同制作した《FADE IN: EXT.STORAGE–CU CHI–DAY》(2010)は、ザ・プロペラ・グループが制作した「ポーセリン(磁器)」というテレビ番組の小道具として使われた木彫の銃の押収を巡って、グループのメンバーとFedEXのエージェントが交わした会話がベースとなっている。2010年にベトナムで放映されたこの番組は、17世期に初めてヨーロッパに出荷された東南アジア陶磁器の旅を描いていた。輸送についての二人のありふれた会話は、やがて文化的アイデンティティと真正性、流用と植民地主義、そして歴史の再読という哲学的な議論へと展開してゆく。


藤井光 │ Hikaru Fujii

1976年東京生まれ、同地在住。
藤井は映像を主なメディアとし、芸術と社会運動の関係性を探ってきた。近年の作品では、支配と搾取に関わる史実や社会問題を出発点に議論の場を創出し、そこで生まれる言説や緊張関係などを映像で捉えながら、覇権とそれを支える社会構造に対する批評の可能性を追求している。
構想から4年を経た本作《解剖学教室》(2020)は、およそ40分の映像と、民具や化石などの展示物で構成されている。映像からは、これらの展示物が、ある資料館から運び出されたものであるということが分かる。ひとりの学芸員が20年をかけて、町民の暮らしや、土地の長い歴史を示すものとして収集した収蔵品は、福島第一原子力発電所事故後、放射性物質やカビなどによる汚染を避けるため、帰還困難区域にある資料館から今も避難したままとなっている。藤井は、これらの歴史的資料の移動や変化を辿り続ける一方で、災害がもたらす文化と記憶の危機に関する議論の場を断続的に組織してきた。

映像は、パリ国立高等美術学校の解剖学教室で行われた議論が主軸となっている。以前、空っぽの資料館を訪れた登壇者たちはその経験を反芻しながら、目の前の状況に何を見出していたのか、そして、この災害をいかに語りうるのかについて、互いに思索や疑問を投げかける。さらに、ものの保存を含め、歴史に関わる実践を、過去の災害や、これから起こるであろう災害の諸問題につなげ、未来の不確かさに備えておくために記憶を留めておくことの重要さを語る。
本作は藤井が人々と行ってきた活動や議論の記録であると同時に、そこで生まれた視座を共有しながら、鑑賞者の前に展示されているものが持ちうる意味を問いかけるものである。


アレクサンドラ・ピリチ │ Alexandra Pirici

1982年ブカレスト(ルーマニア)生まれ、同地在住。
アレクサンドラ・ピリチのアクションやパフォーマンスは、歴史の編纂、意味の生成、見えない権力の構造を探求してきた。実在する身体や仮想の身体の動きを通して、ものを生きた彫刻や行為へと転化すると同時に、生身の身体の抽象性を位置付け直し、美術史や他の歴史的物語を再解釈する。
芸術に関わる経済や流通について考察する《パルテノン・マーブル》(2017)は、その名高い彫刻作品を無形バージョンとして演じ、かつ法的、経済的観点からの文化的資源として扱う。「パルテノン・マーブル」は、アクロポリスのパルテノン神殿や他の建物の一部であった大理石の彫刻やレリーフで、大部分が1816年に大英博物館の収蔵品となり、ギリシャはオスマン帝国から独立した1832年以降、彫刻の返還要求を続けている。この彫刻を取り巻く法的、経済的状況に関する調査に基づく本作は、返還を巡る長きに渡る確執が、資本、蓄財、循環、再分配、そして今日の経済における芸術の役割といった、より大きな問題への糸口でありメタファーでもあるということを示しながら、「もしも」という返還のシナリオについての、ピリチの推論的な思索を提示する。

*《パルテノン・マーブル》の上演予定については、東京都現代美術館ウェブサイトでお知らせします。


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