2026年04月17日(金)

「所蔵作家が語るコレクション③」

MOT美術館講座

64MOT美術館講座「所蔵作家が語るコレクション」シリーズ3回目は、所蔵作家で一卵性双生児の2人組ユニットである髙田安規子さん・政子さんと、修復士の田口かおりさんを講師に迎え、トークセッションを行いました(2025年9月20日(土)15:00~16:30)。
髙田安規子さん・政子さんは、日用品や日常風景に手を加え、あるいは再構成することで、モノの大きさや時間のスケールを変容させて、そこにある基準や枠組みに疑問を投げかける作品を制作しています。当館では美術館建築の壊れた部分にスケールを縮小したパーツで修繕する〈修復〉シリーズが屋外4カ所に設置されています。一方、田口かおりさんは修復士として近現代美術の保存修復や調査を行い、展覧会コンサバターとしても活動しています。

今回の講座では、当館の所蔵作品の〈修復〉シリーズを起点として、作家と修復士という立場から、両者に共通するキーワードでもある「修復」についてのトークセッションを行いました。髙田さんの〈修復〉シリーズは、お二人がロンドン留学中に目にした、あちこちが壊れた街並みから着想を得て制作し始めたものです。建物や公共空間の塀や床などの欠けた箇所に、その場所と同じ素材の縮小したパーツで「修復」が施されています。当館では、2014年の企画展「MOTアニュアル2014 フラグメント―未完のはじまり」の際に、パークサイドエントランス近くの入口壁面と石畳のスロープに、2019年のリニューアル時からは美術館広場の石組壁と、水と石のプロムナードに設置されています。

髙田安規子・政子《修復/東京都現代美術館(入口壁面)》

最初に、髙田さんからは〈修復〉シリーズについて、その制作過程から補修作業に至るまで詳しくお話しいただきました。制作手順としては、最初に美術館の敷地内を回って修復箇所を探し、紙でその場所の形に合わせた型をとっていきます。そして、手書きの設計図と照らし合わせながら、美術館で実際に使われている素材を縮小化したパーツを作っていくそうです。当館で2019年のリニューアル時に行った《修復/東京都現代美術館(入口壁面)》の補修作業と、横須賀美術館での補修作業については、スライド画像を用いながら解説いただきました。補修する際は、全部新しくはせず、ひびなどの履歴を残しながらも、作品を保存して維持していくことを考えていったそうです。その話の中で、修復時の記録を残し、それを美術館と共有することや、作品の保存修復と維持について作家と美術館が協議しながら進めていくことの重要性が話題にあがりました。

髙田さんたちのトークを受けて、田口さんからは、最初にお二人の作品についての言及がありました。髙田さんの《修復》には、それまで建物が刻んできた時間も含め、たくさんの時間が積み重なっています。作家をはじめ、建物のメンテナンスに関わる人や美術館スタッフ、さらにそれを鑑賞する人などと、さまざまな人が関わってきた歴史もあります。「過去と未来、そして制作と修復という行為が重なり合い、すでに存在する建物にあるほつれを元の材料を使いながら、制作行為としての『修復』がそっと寄り添っている」という田口さんの言葉が印象的でした。

さらにそこから、イタリアで行われた保存修復のプロジェクトを例として、美術作品の保存修復が目指すべきところについて話が展開されました。

現代美術の保存修復においては、作家の意思を尊重しながら、作品をどのように未来へ残すべきかを作家としっかり議論していくことが大事であり、それが作品のコンセプトを継承していくうえでも不可欠なことであると田口さんはいいます。さらに、イタリアの修復研究者で美術史家の、ウンベルト・バルディーニの言葉を借りつつ、「作品は時間とともに変化するという事実を受け入れながらも、できるだけ長く作品を生かし続けることが、私たち(作品を研究する人や鑑賞する人、修復する人)の役割である」といいます。

そのほかにも、小田原市民会館大ホールの壁面に描かれた作品の一部を剥がして保存するプロジェクトについてご紹介いただきました。このプロジェクトでは、壁画のすべてを残すことはできなかったものの、剥がして残した作品だけではなく、剥がせなかった部分の記録も含めて総合的に展示されたそうです。「たとえ作品の残存したものがたった一粒であっても、私たちはそれを保存することで作品の物語を語り継ぐことができる。“残せなかった”ということについて語ることで残せるものがある」と、残せなかった事実も含めてアーカイブすることの大切さを教えていただきました。

田口さんのお話の後、髙田さんから田口さんへ、「予防的修復」についての質問がありました。予防的修復とは、作品が何かしらの理由で失われてしまう前にできるだけの策を講じておくことを指します。予防的修復の観点からお二人の《修復》は、作品の意図や変容していく様子をしっかり残しておくことが大事だということです。髙田さんは作品が変容していくからこそ、作品完成時に撮影する写真と館内で配布される作家の手描きによる地図は、実際の修復箇所と同様、作品の構成要素として重要であると考えています。同時に、制作や修復の過程、また経年変化を記録するために、写真や書類を残すようにしているそうです。

今度は田口さんから髙田さんへ、将来、他の誰かが修復することになった場合に、それをお二人は容認することができるかという質問がありました。髙田さんは、本当に作品が壊れてしまったときには、髙田さん自身による修復ルールや作品のコンセプトを踏まえたうえで直してほしいという、現時点での率直な思いをお話しいただきました。

(左から)田口かおりさん、髙田安規子さん、髙田政子さん

最後の参加者からの質疑応答の時間では、作り手の方や保存修復を研究する方から、保存修復の憲章のことや〈修復〉シリーズについての質問が寄せられました。それらの質問をとおして、文化財保護の歴史や《修復》作品の成り立ちについて、さらに詳しく伺うことができました。

今回の講座では、髙田さんの《修復》作品を出発点として、作家と修復士それぞれの専門的な視点からお話を伺い、現代美術における作品の在り方や保存修復に対する考え方について思索する機会となりました。作品のコンセプトを理解し、作家の意思を尊重しながら、作家と修復士、美術館が協働して保存修復に取り組んでいくことの重要性を改めて実感しました。また、私たちの目の前にある作品には、過去から現在までのさまざまな時間が刻まれており、その背景には作品を手がけた作家や修復士、美術館スタッフなどと、作品に関わるさまざまな存在があることに目を向けることができました。そういった視点でもう一度、館内に設置された髙田さんの《修復》作品を巡ってみたいと思います。(O.S

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