「所蔵作家が語るコレクション②」
第64回MOT美術館講座「所蔵作家が語るコレクション」シリーズ2回目は、土や水、マスキングテープなどの身近な素材を用いて、動植物や人間などをモティーフに、主に絵画作品や壁画、ドローイングを国内外で発表する淺井裕介さんを講師に迎え、コレクション展示室前のエントランスホールで行いました。
2025年11月24日まで開催していたMOTコレクション展では、淺井さんが木場公園やさまざまな地域で採取した土で描いた巨大な絵画作品《泥絵・素足の大地》と《泥絵・へその木》を展示していました。《泥絵・素足の大地》は、大小複数のパネルを組み合わせた一枚の絵になっており、実は前会期にも展示されていましたが、そのときとはパネルを組み変えて展示しています。
今回のトークは、展示中の所蔵作品を中心に、これまでの制作活動についてご紹介いただいた後、参加者より質問を随時募りながら、それらに答える形で展開していきました。
話題は、展示中の作品《泥絵・素足の大地》から始まりました。この作品は、2011年に当館で公開制作されたものです。
淺井さんは、壁に描いてはその場で消すということを追求していた時期があったそうですが、この作品は、初めて美術館に残すことを考えて制作した作品だそうです。16枚のパネルでできており、組み替え可能になっています。今回の展示のために、組み替えパターンをたくさん考えてくださいました。組み替えると、まるで新作のようにも見えてきます。
左より:淺井裕介《泥絵・へその木》2011、《泥絵・素足の大地》2011
2015年の企画展「未見の星座〈コンステレーション〉 -つながり/発見のプラクティス」では、《泥絵・素足の大地》と《泥絵・へその木》のパネルの一部を壁に掛けて、清澄周辺で集めた土とこれまで他の地域で集めてきた土を使い、部屋全体に泥絵を描いています。制作時間や会場などの制約がある中でもさまざまな方の協力を得て、壁面いっぱいに思う存分描くことができたといいます。このときの経験が淺井さんにとっては大きなターニングポイントになったそうです。
壁一面に描かれた作品は現在残っていませんが、「その作品が消えてもそれを作ったという事実は消えないし、それを見たという記憶は確かなもの」と淺井さん。そのときの手ごたえは強く残り、消えてしまう強さと美しさを再確認できたといいます。
所蔵作品や当館での活動について一通りお話しいただいた後、今度は参加者のみなさんから質問を募り、それに淺井さんが答える形で進めていきました。直接質問しづらい方には付箋に書いていただきました。以下に参加者からの質問に答えていただいたことを抜粋します。
参加者からの質問を確認する淺井さん
Q 作品を残さないことについて、活動初期の頃から考えは変わってきているのですか?
A 当時は、土と水で描くからには残してはならない、土から生まれたのだから土に還ることが自然じゃないかと思っていました。残す場合は、決定事項によって残されるよりは、誰かに必要とされて残される方がいいなと思っています。そろそろ、再び壮大に作っては消したいという気持ちもあります。体力的なことも考えると、あと何回それができるだろうと思うこともあります。
Q この色の土で作りたいというのがまずあって、その土がある場所に行くのでしょうか?
A この色がないと描けないとなると「慣れ」に進んでしまいますが、「ここで出会った色で描く」となると毎回新鮮な驚きがあります。ものを作るときの「慣れ」が大敵。初めて壁に泥を塗ったときは、僕自身もまわりの人も強い衝撃を受けました。
土掘りに行き、そこで出会った人の話を聞いて、バケツ1杯の土をもらうコミュニケーションはけっこう楽しいです。
Q 木場公園の土はどのくらいの量を使って制作していますか?
A 作品のサイズが大きいので、とんでもない量を想像するかもしれませんが、多くてバケツ1、2杯。絵具のチューブで考えると、2~4L分の絵の具の量になります。そのまま使わず、よく乾燥させて細かい目のふるいにかけて使っています。
Q 2011年の公開制作において、同年に起きた東日本大震災の影響はありましたか?
A 足元が揺らぐ経験をした中で、いかにのびのび絵を描くことができるかを考えました。震災のことを直接的に作品に反映することはできるだけしないようにしていて、震災をきっかけに出会えた景色や人を大事にして制作しています。
Q 福井での淺井さんの展示で足で踏みしめて鑑賞する作品があり、最初は躊躇していましたが、そのうちに自分と作品が一体化して歩いている感覚になりました。この作品についてお聞かせください。
A この作品は、「靴を脱いで絵の中に入ってください」という指示があったと思いますが、絵の中に入っているときは、その人が一番近しい鑑賞者であると同時に、作品として鑑賞されるものにもなっています。土に触れること、絵の中に入り込んでいくという自分の感覚に近いものを疑似体験してもらう装置になっています。絵の上を歩いてもらう作品は気に入っていて、今後も作っていくつもりです。
Q 淺井さんの絵には生き物が自由自在にのびのびとどこまでも描かれていますが、どこで完成か決まっているのでしょうか?
A ものを作るという行為に関心があって、それができなくなることが簡単に言うと「完成」。完成しそうになったら、どうしたら完成しないで済むのか、そのためには絵の中で気に入っている場所を一度壊してみます。一方、発表するためには完成しなければいけませんが、完成させるというより、人に伝わる強度を上げていく感じです。
のびのび作っていくという点では植物の持つのびやかさ、しなやかさを手本にしています。植物的な思考方法というのは、その環境でできることをやること。
Q 《泥絵・素足の大地》は、組み替えた後も不思議とパネル同士がつながっているように見えます。なぜでしょうか?
A 制作において、「つながり」というのは大事で、一人で描いているときですら、一人では描いていないと思っています。大きな泥絵を描くときも、何かの一部を描いているのであって、そこに全部を描き切ろうと思っていません。絵の外にはもっと豊かな世界があるし、見えていない部分もあります。例えば、ビルの壁に描いたときに、周囲にあるビルの壁や空にまずは下絵を描きました。絵の外側(周囲)について意識しておくと、絵の内側(画面)に取り組むのが楽になります。外側を感じさせるものを内側に描き切るということです。「未見の星座」の展示もそうですが、描かれた絵の間に無数の描かれなかった絵があります。
今回の展示で、組み合わせを変えることで新作に見えるという手応えを得られました。
Q これからどういうことをしたいですか?
A 今、2.5mくらいの鉄骨の入った立体作品を作ろうとしています。表面を2,000枚くらいのタイルで覆ってみようと。二次元だった絵を三次元に起こしていくような作業です。元々陶芸を勉強していて、そこから泥絵に移っていきました。コロナ禍をきっかけに陶芸を再び始め、手の平サイズの陶芸作品をたくさん作っていましたが、今はそれを少しずつ巨大化していく時期に入っています。立体作家への道をひとつ模索しているところです。絵本にも興味があって、2025年も自分で話を考えた絵本を作りました。他にもやりたいことはいっぱいあります。
講座の最後には淺井さんより、「毎回新しいことに挑戦していて、そのときにしか作れないものを作っています。作品をぜひ見ていただいて、感想をもらえるととてもうれしいです」との呼びかけがありました。
参加者からのアンケートでは、「素材との対話を通じてものづくりをするプロセスが自然のエネルギーやインスピレーションを大切にしている淺井さんならではで興味深かった」「ゆっくり丁寧にお話しいただき、Q&Aも面白く、とても良い機会をいただいた」「芸術に関しては素人ですが、大変楽しく聴かせていただいた」「淺井さんの人を引き込む不思議なトーク力に感動した」といった感想が寄せられました。
当日は多くの方にご参加いただき、さまざまな視点から質問が寄せられたことで、作品制作にかける淺井さんの思いを幅広く伺うことができました。お話を伺う中で、世界や人々へ向ける淺井さんのまなざしが優しく、それが作品だけでなく、制作活動そのものにも表れていることが印象的でした。また、これまでの制作活動の一つひとつが現在の制作へと確かにつながっていることが理解できました。
今後どこかでまた淺井さんの新たな作品に出会ったときに、この日の講座で伺ったことを思い出しながら鑑賞してみたいと思います。(S.O)
