東京都現代美術館「MOTコレクション」関連シンポジウム
「現代美術史をいかに語るか−クロニクル/アナクロニクル」
現在、東京都現代美術館の常設展示室では、「MOTコレクション」として、三つのテーマのもとに展示を行っています。「クロニクル 1945,1951,1957 戦後日本美術を見直す」、「『アメリカの絵画』 1950s・1960s」、「特集展示 岡﨑乾二郎」です。東京府(都)美術館から東京都現代美術館にいたるコレクションには、戦後美術に関わる様々な問題がはらまれています。このたびのシンポジウムでは、「現代美術史」をいかに語り伝えるかということをテーマに、出品作家であり批評家である岡﨑乾二郎氏、日本やアメリカの戦後美術史に精通する林道郎氏、光田由里氏を迎えて、三つの展示を議論の場へと開く機会とします。
日時:2010年4月10日(土)13:30〜16:30(13:00 開場)
会場:東京都現代美術館 地下2階講堂
参加費:無料(定員200名)
*11:00よりメインエントランスにて整理券を配布します。
■ スケジュール
13:30−13:40 はじめに 「MOTコレクションについて」
13:40−14:10 講演Ⅰ 岡﨑乾二郎「前衛の歴史という困難」
14:10−14:40 講演Ⅱ 林道郎「アレゴリーとしての『人質』:アンフォルメルについての話」
14:40−15:10 講演Ⅲ 光田由里「トラウマと救済−戦後現代美術のミッション」
15:20−16:30 ディスカッション 岡﨑乾二郎、林道郎、光田由里
■ 講演概要
講演Ⅰ 岡﨑乾二郎(造形作家、批評家)「前衛の歴史という困難」
第二次大戦後の芸術表現は、第一次大戦後に現れた問題群の継承、展開として把握して、はじめて理解される面をもっています。ダダ、シュルレアリズムに代表される、第一次大戦以降、1930年代にかけて現れた芸術運動と、その思想的な背景となった問題構制を再考することから戦後の美術を改めて見直してみることを試みます。
二十世紀初頭において前衛(アヴァンギャルド)芸術は過去からの切断、歴史批判こそを成立条件としていました。ところが一方で歴史を(時間的推移でなく)必然的な展開(弁証法的展開)として記述しようとするなら、この前衛芸術に内在されてきた、歴史批判こそ、それを可能にする条件となることに気づかされることになります。つまり歴史からの切断こそ歴史展開を可能にするという逆説。この逆説はつまるところ歴史が依拠しているようにみえた(国家や民族はもちろん)空間や時間という尺度までが人為的なものにすぎなかったという自覚へ向かわせます。すなわち歴史は空間や時間の自明性を破壊することではじめて展開する政治的な過程であった。ここで芸術は政治と必然的に交差することになります。第一次大戦後に自覚されたのは、まさにこのことでした。空間、時間のみならず、それを構成しているはずの人間という存在そのものが、(作品と同じように)人為的な構成物にすぎない。この自覚とともに発見されたのは、従来の人間像とはおおいに異なる不定形で怪物的な存在としての人間の姿でした。
講演Ⅱ 林道郎(美術史・美術批評)「アレゴリーとしての『人質』:アンフォルメルについての話」
アンフォルメルという名の前衛が日本を席巻したのは1957年の頃。ミシェル・タピエを中心に、関西の具体美術協会を巻き込んで、その「旋風」はいびつな形で日本を国際的美術シーンに直結させる。その名が指し示す全体は曖昧かつ複雑で、潜在する問題系が十分に汲みつくされたとはとてもいえない。フォートリエ、マチウ、田中敦子などの作品を見ながら、未採掘の鉱脈を掘り起こし、埋もれた時間を再起動させてみたい。公式の歴史に捕えられた『人質』を解放することは、はたして、別の場所へとその人質を監禁することにすぎないのか。特異点としての美的経験と歴史的想像力の困難な関係を問う。
講演Ⅲ 光田由里(美術評論)「トラウマと救済——戦後現代美術のミッション」
のちに「現代美術」と呼ばれる新しい美術領域は、自然発生的に生まれたものではなかった。敗戦を最大の原動力として、冷戦下の焦土にリアルさを探し、未知の視界を求めて「美術運動」を模索したアヴァンギャルディストたち。彼らのリアリズムが、人間像(1945)からコミック的(1951)な、半透明(1951)な、偶発的な(1957)ものへ向かったのはなぜか。
東京都現代美術館コレクション展示・1950年代のクロニクルは、日本戦後美術の草創期と、決定的な分岐点を明示してくれる。