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2015年10月 7日

オスカー・ニーマイヤー展 SANAA西沢立衛氏による作品解説①プロローグ:ニーマイヤーの紹介と展示構成について

オスカー・ニーマイヤー展で今回展示している建築作品(10点)を中心に、会場構成をご担当いただいたSANAAの西沢立衛さんに展示室を周りながら解説いただいた内容を(聞き手:当館チーフキュレーター 長谷川祐子)ご紹介していきます。
(以下N:西沢立衛氏、H:長谷川祐子)

①プロローグ:ニーマイヤーの紹介と展示構成について
H:最初の部屋には等身大のニーマイヤーがいます。160センチ、小柄ですね。写真があり、20代の頃から40代、晩年の頃まで、彼が愛したリオの写真と一緒に展示構成してあります。壁に書いてあるのは、映像でも彼自身語っている、曲線に関する彼の重要な言葉でして、それはある意味当時の近代建築、現代建築への批評でもあります。「私は曲線を故郷の山々や海の波、愛する女性の身体に見出す」という言葉なので、みなさんがイメージし易いように、彼がデザインし愛用した椅子も含めて展示をしています。彼の曲線について会場で最初に触れて頂きたいと思います。
それでは、西沢さんの方から会場デザインについて、よろしくお願いいたします。

N:数多いニーマイヤー建築の中から、今回の展覧会のために長谷川さんとアンドレ(駐日ブラジル)大使と議論しながら選んで、10点の建築作品を展示しました。どれも素晴らしい名作で、またニーマイヤーらしいものです。
展示の順序としては、時間順に並んでいます。パンプーリャにおける初期の作品から始まっています。パンプーリャというのはベロオリゾンチという街の郊外の小さな湖畔の街で、その後大統領になるクビチェックが当時パンプーリャで市長をしていました。オスカーはそこで仕事を始めるんですが、今回の展示はその最初期のパンプーリャから始まって、時間順に並んでいます。
ニーマイヤーは本当にいろんな建物を設計しました。小さいものから大きなものまで、建物の機能としても、住宅から国会議事堂まで、道路やトンネルまでつくっています。生涯に2000の建築を手がけたと言われていますが、ものすごい量です。またニーマイヤーはコラボレーションというのがすごく重要なウェイトを占めた人でした。色々な人々と一緒に作品をつくっているのですが、そうしたものも各作品を通して感じていただけるかと思います。
今回の展示が模型中心となっているのは、ひとつはやっぱり実施図面があまり現存していないためです。駐日ブラジル大使から聞いた話ですが、特にブラジリア首都建設の時代にニーマイヤーは現地に乗り込んで行って、インフラストラクチャーも満足にないようなところで図面をひいて、混乱状態のなかで建築をしていったそうで、その混乱の中でブラジリア建設とともに実施図面は消失してしまったとのことです。図面が少ないのは残念なことです。


①ニーマイヤー.jpg

"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

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オスカー・ニーマイヤー展 SANAA西沢立衛氏による作品解説②パンプーリャ・コンプレックス

②パンプーリャ・コンプレックス
※以下N:西沢立衛氏、H:長谷川祐子(当館チーフキュレーター)

H:それでは2番目のお部屋に移動します。最初は初期の作品、パンプーリャ・コンプレックス、それとカノアスの邸宅。いずれも40年代の作品ですね。パンプーリャの模型を囲むように見て頂けますか?
これはリオから北に400キロ行ったところにあるベロオリゾンチ盆地にある場所なのですが、クビチェックが市長になったときに、ニーマイヤーに依頼をしてその湖の周りに複数の公共施設をつくりました。ダンスクラブとか、ヨットクラブとか、教会、カジノ、そういうものが湖の周辺につくられています。
ここには彼の新しい試みが見られます。とくにこの教会は、ボールを重ねて中心に収束していくような、不思議で斬新な形になっています。
先ほど西沢さんもおっしゃったように、ニーマイヤーはさまざまなビジュアルアーティストとのコラボレーションをしていて、このファサードは有名なブラジルの作家のカンディド・ポルチナーリという作家の作品です。もうひとつ、パウロ・ヴェルネックさんという抽象的な壁画画家の作品が両側にあります。ニーマイヤーとは共産党員としても親しくしていたのですが、彼はそれまで忘れられていたタイルを用いて、巧みに建築の表面に使っていくという手法を試みています。このヴェルネックさんの作品は最後の部屋でもご覧頂けます。
それでは西沢さん、この教会についてお話しして頂いてもいいですか?

②ニーマイヤー.jpg
サン・フランシスコ・デ・アシス教会模型(縮尺1/50)
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

N:まずこれはサン・フランシスコ・デ・アシス教会です。3次元的な造形の建築です。これは可展開曲面といって、ダブルカーブではなくシングルカーブで出来ているんです。平面を曲げて作れる曲面ですので、形としてはたいへん激しいものですが、しかし実は作りやすい。当時はコンピューターも3D技術もなかった時代で、その技術的条件のなかで、技術の限界を感じさせない自由な3次元的なものをつくっているのも特筆すべきことだと思います。これは42年の作品ですから、コルビュジエのロンシャン礼拝堂が1955年ということを考えると、ニーマイヤーの早さというのは驚くべきことです。

もうひとつ僕がすごいと思うのは、ニーマイヤーは最初の作品でもう完成されているということです。最初に萌芽があってどんどん成長していくというのではなくて、最初から完成されているのです。初期から晩年まで一貫して同じ問題に向かっていている。これもある意味で天才的なことだと思います。

これはダンスホールとスウィミングプールです。このダンスホールはパンプーリャのなかでもベストワークの一つだと思います。いろんな点ですごいですが、やはりひとつは、敷地のなかで、敷地に合わせて建築を作るのではなくて、むしろ逆に、建築に合わせて敷地をつくっている、建築と敷地を同時につくっていることです。湖に飛び出た人工土地ですからそういうことが可能なわけですが、すごいことだと思います。僕らのようにふだん日本で建築をつくっていると、どうしても敷地が与えられて、そのなかで色々やるという感じになってしまうのですが、この人はそういうことではなく、敷地境界線を感じられないような建築をつくります。このプールもそういういわば「敷地境界線を越えていく」というスケールの大きさがあります。大きな屋根がプールにかかっていて、水面とプールサイドの両方に屋根がかかっているのです。なので泳いでいくと徐々に建築のなかに入っていく。大したことないように聞こえるかもしれませんが、泳いでみるとすごい。歩いて建築に入るのでなくて、泳いで建築のなかに入っていくわけですから、なかなかすごいのです。建築が陸からはみ出してしまう、建築が敷地を越え出るという感覚があるのです。彼の建築には基本的にそういう、敷地というか、諸制度を越えていくというスケールの大きさがありますが、それは若い頃からそうだったということが、はっきりとパンプーリャに行くとみんなが感じます。

ニーマイヤーの建築は色気というか、官能的なところがあって、それも素晴らしい点です。ひとつはタイルというのがあります。モダニズムというのは乾式工法に向かっていくものなので、どんどん工業的な、非人間的な建築になっていくというモダニズムの流れがあるのですが、ところがニーマイヤーはタイルが好きで、どのプロジェクトでも湿式工法のタイルを使っています。それが彼の建築に独特の色気とニュアンス、地域的な美しさというものを与えているひとつの要因になっていると思います。

H:西沢さんのおっしゃったことに付け加えますと、私がパンプーリャに参りましたときに一番驚いたのは、サン・フランシスコ・デ・アシス教会の下に黒い波が波打っている模様のタイルがあるのですが、それが中と外で全て連続しているんです。そのダイナミズムと、いきなり外が全面ガラスになっているということも含めて、中と外のダイアログ、しかも人の美学をもったダイアログに非常に大胆な意匠を感じました。

またダンスホールですが、キャノピーやこちらのバーと、ホールとがつながっています。色々な写真でも撮られているのですけど、あれは本当にフリーハンドで、この湖の線に合わせて出島がつくってあり大胆で素晴らしい。フリーハンドにこんな魅力があるのか、と最初にみなさんに知らしめた代表作のひとつかなと思います。

西沢さん、あとは構造の話をして頂いてもよろしいですか?屋根のこの波打っている感じについてなど。

③ニーマイヤー.jpg
パンプーリャ・ヨットクラブ模型(縮尺1/50)
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

N:先ほど長谷川さんが、ニーマイヤーはモダニズムの中心、世界の先進国から出て来たのではなく、ラテンアメリカという辺境から出てきたとおっしゃいましたが、モダニズムという運動は、そういう側面があるのです。すごい人はだいたい辺境から出てきました。例えば、コルビュジエもスイスから来たということでパリではずいぶんいじめられたようですし、ある意味で後進国であるイタリアからはジュゼッペ・テラーニが出てきて、フィンランドからアルヴァ・アールト、アメリカからはサーリネン、日本では丹下健三が出てきて、ブラジルからはオスカー・ニーマイヤーが出て、みんな自分の地域から、自分の地域の文化を背負って出て来ました。そういう過程でもってモダニズムは世界的な建築運動となったのです。違う歴史を持つ各地域の人々が、はじめて同じ問題に向かったという、世界史の時代です。そういう意味で、他のモダニズム建築家と同じくニーマイヤーも、グローバリズムと地域性という問題を背負って、また世界史という課題を背負って、それに応えて来ました。そういう意味でも彼は正統的な意味でモダニズム建築家です。構造的にも、いろいろチャレンジングな、野心的な試みをしていますが、それが構造表現というよりは、どこかでブラジル的な、かつニーマイヤー的な表現になっているというのも、おもしろいと思います。構造力学つまり近代科学が形を決定しているわけですが、でも構造表現主義とは言い切れない、彼らしいカーブと形が出る。ユニバーサリズムだけではない不思議な、個人的な情熱というような表現があって、またブラジル的地域性が感じられて、そういう世界性と地域性の同居も素晴らしいと思います。

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オスカー・ニーマイヤー展 SANAA西沢立衛氏による作品解説③カノアスの邸宅

③カノアスの邸宅
※以下N:西沢立衛氏、H:長谷川祐子(当館チーフキュレーター)

H:では、こちらのカノアスの邸宅の模型ですね、カノアスの邸宅というのはリオの傾斜のある土地につくられたもので、岩が突き出ていますが、そのままの地形を活かしています。自然とどういう形で建築をダイアログさせていくか、ということにおいて良く紹介される作品でもあります。ひとつのボリュームで、変なエントランスホールがなく、部屋がありもうひとつ地下に部屋がある、という形式になっています。このカノアス邸宅について、西沢さんお話し頂けますか?

④ニーマイヤー.jpg
カノアスの邸宅模型(縮尺1/20)
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

N:僕はこの住宅が好きです。官能的で、また暗く、影がそのまま建築になったようです。ニーマイヤーの建築はどれも楽天的ではない、ある影というか、暗さ、悲劇的なものを持っていますが、この住宅はそれを端的にしめしています。鬱蒼と茂った谷底に立つ、影の中の建築で、川が海まで流れていくその上流、山のなかですね。谷底の暗い川が遠くの海岸までいくのが見えて、はるか遠くに海が光っているのが見えます。若者たちが遊ぶビーチが、まるで幻のように感じられます。そのコントラストも建築の魅力になっていますが、この住宅は自然との関係という意味でも、おもしろいところがあります。建築は柔らかくカーブしていて、自然と融合するような有機的な感じですが、実際は谷底を塞ぐように巨大な人工地盤をつくって、平らにして、その上に立てています。僕はここを初めて訪れたときに、谷底が深く暗く、急峻で、よくここに建てたなと感心しました。力技というかなんというか、いまは人工地盤があるので、簡単に建築できるように見えるかもしれませんが、建物が立つ前にここにきて谷底だけ見たら、ほとんど崖地で、とても建築できるとは思わないような地形です。そこに強引に人工地盤をつくっています。ただ、やっていることはものすごいんですけど、出来上がったものを見ると自然との調和を感じさせます。自然との関係という意味では矛盾に満ちた建築で、それもまた、建築に不思議な奥行きを与えていると思います。この人の建築はつねに明快でシンプルですが、けっして単調ではなく、短絡的なものではなく、複雑なんです。

複雑さということでもうひとつ感じるのは、ミース・ファンデル・ローエへの敬意、敬意というよりも畏怖のようなものです。ミースへの愛、畏れが半端ではないのですが、誰が見てもミースの影響下にある建築でありながら、なぜかニーマイヤーの独創になっている、どこからどう見てもニーマイヤーでしかない建築になっているという、これは歴史というか、愛というか、そういった彼の歴史性は素晴らしいと思います。ホンマタカシさんの写真が美しいですが、遠くに見える海、人工地盤、色気、暗さ、自然との矛盾した関係、そういうようなことがよく撮られていて、素晴らしいと思います。

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オスカー・ニーマイヤー展 SANAA西沢立衛氏による作品解説④国連本部ビル

④国連本部ビル
※以下N:西沢立衛氏、H:長谷川祐子(当館チーフキュレーター)

N:これはニーマイヤーが国際コンペで勝ち取った、最初のプロジェクトではないかと思います。僕も不勉強で、コルビュジエとの関係が良く分からないのですが、コルビュジエが基本設計をやっていたと思います。リカルド・オオタケさん、トミエ・オオタケさんの息子で面白い人なのですが、そのリカルド・オオタケさんによると、ニーマイヤーがこのプロジェクトのためにニューヨークのホテルに泊まっていたら、コルビュジエが夜ホテルに来て、プランを変えてくれないかと言った、とのことです。ニーマイヤーは、もっとこっちに大学があって、もう少し広い広場みたいなものを考えているんですけど、コルビュジエがホールを真ん中に置きたかったようですね。できあがった建物は、ニーマイヤー的かつコルビュジエ的なものになっていると思います。言語的にもカーテンウォールとか、摩天楼とか、バタフライ屋根とか、コルビュジエ的なものがありますが、形のつくり方、薄さ、その格好良さはオスカーならではですね。

⑤ニーマイヤー.jpg
国連本部ビル模型(縮尺1/200)
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

H:きれいな建物です。このカーテンウォールも非常に新しい形と言えるのではないかと思います。一応、共同設計と書いてあります。みなさんが良く見るのは会議場があるところで、こちらが事務所のあるところです。

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オスカー・ニーマイヤー展 SANAA西沢立衛氏による作品解説⑤ブラジリア

⑤ブラジリア
※N:西沢立衛氏、H:長谷川祐子(当館チーフキュレーター)

H:世界遺産に指定されたブラジリア、ブラジルの首都をご紹介します。
クビチェックが1956年に大統領になったときに、オスカー・ニーマイヤーに新しい都市の建物にふさわしいものを、と依頼しました。そしてルシオ・コスタがマスタープランをつくり、実際に着工されて3年半で、1960年に仕上がるという超スピードで出来上がったひとつの新しい思想の在り方です。この時代のひとつの新しい完成を見て、ブラジルというものがモダンを超えて未来的なところまでひとつのビジョンを示した、つまりブラジルという国自体のイメージを一掃したと言われるほどの大きな効果がありました。ひとりの建築家がここまで大きな建物をて手がけ、都市をつくることに貢献した、ということは世界的にも例のないことだと言えると思います。その効能としてここに図面がございます。こういう複合建築に関しては、こうしたサイトプランを展示しているのですが、メインの建物のうちの複数を選んでいます。
大きな構造に関しては西沢さんの方からお話しして頂いてもいいでしょうか。

N:ニーマイヤーはブラジリアでは、鉄骨造はあまり大々的にやっていません。鉄骨のような高度で専門的な技術ではなく、誰でも工事に参加できるコンクリートを中心に建設しています。クビチェック大統領の、50年の進歩を5年で、というものすごいスローガンがあって、それが本当に実現されてしまったもので、建設当時は相当いろんなことがあったんだろうなと思います。本展覧会の映画にも出てきますが、ニーマイヤーは仲間とブラジリアに乗り込んでいきます。インフラも十分でない中、現地で図面を引いたと言っていました。ほぼ大自然のなかで設計するというのもたいへんなことですが、これほどの短期間でこれほどの数の建築を実現するのですから、まさに昼夜を忘れて、死ぬほど働いたのではないか、と想像します。ただ、どのプロジェクトも形は派手ではありますが、よく見るとどれもさっき言ったような、意外につくれる、みんなで作れる形になっています。
やはり単に施設をつくるというより、モニュメントをつくるということがあったと思います。大統領官邸もそうですし、この大聖堂もそうですし、とにかく派手というか激しい、情熱的なものが出来ています。ブラジリアという一国の首都が、またその都市計画というものが、官僚的なものというよりも、ある種の個性というか、熱情というものをもった、素晴らしい例で、それが今後モダニズム以降の時代にも国の中心機能として使われていくとしたらそれは素晴らしいことだと思います。
ブラジリアはモダニズム以降、人工的な都市として批判された面もありましたが、しかし実際に行ってみると、人間が住むブロックは快適に作られています。彼がルシオ・コスタと一緒につくったブラジリアの住居地域のファーストブロックがあり、タイルと有孔ブロックでつくった素敵な集合住宅が並んでいますが、その配置計画は、中央には教会があって、商店街があって、そこは界隈みたいになっていて、いまは木々も育って日陰をつくっていて、派手ではないのですが人間的な地区になっていて、素晴らしいものでした。

H:ここにルシオ・コスタのマスタープランがありまして、みなさん写真で良く見ると思いますが、ここに19地区があり、今メインで見て頂いている大聖堂や大統領官邸も、この辺りに集中してあります。ですので、そういう意味でここの中心に象徴的なものを置いて、周囲に人々が住むための場所をつくっていった。弓と矢のイメージを持って頂けたらと思います。
西沢さんがおっしゃったように、シンボルとしての大聖堂は、ここに大きなステンドグラスがありますが、少し離れたところに入り口があり、地下をずっと歩いていった先に、いきなりこのフェアな空間が現れて、天使がこの上から降りてくるような、そういうイメージになっています。さっき暗いという話をされていたのですが、暗がりの中からひとつの聖なる光が現れる場にいきなり抜けていくようなイメージを強烈に持って頂けたのではないかと思います。
この大聖堂の16本の槍を束ねたような形、ここには入り口がないんです。外から形態としてのピュアネスを維持すると同時に、中での体験でもひとつのピュアネスを維持するということは、アートのキュレーターとしての立場から見ても興味深いポイントです。
この象徴的な大聖堂の他に、人々が住んでいる住居地区に小さな親密な空間としての教会をもうひとつつくるところに、ニーマイヤーの人間性が現れているのではないかと思います。
先ほど、何も無いジャングルのような荒野の中でつくっていたというお話しがありましたが、壁にいくつかのプロセスを写した写真があります。そこでどんな人たちが働いていたのか、建設過程がどんな様子だったのかを、写真によって編んでいますので、ご覧頂けたらと思います。
大学生たちが、大学が完成するまで外で学習している様子も写っています。電気やインフラがない状態でドローイングを描き、ぱっとテクニカルな図面が出来て、それはちゃんと保存されることなく消失してしまった。そのような現場の凄まじい様子、3年でこれをつくるというすごさ、ということも含めていかにこのブラジリアが素晴らしく、大変なプロジェクトだったかということを見て頂けるのではないかと思います。そちらにブラジルの全貌がどんなだったか、バードビューで撮った映像があるので、ぜひそれも見て頂けたらと思います。
では、アウヴォラーダ宮、暁の宮殿と言われている美しい建物があるのですが、これについてもニーマイヤーの独特の建築の言語があります。西沢さんお願いいたします。

⑥ニーマイヤー.jpg
手前:ブラジリア大聖堂模型(縮尺1/10),
奥:アウヴォラーダ宮(大統領官邸)の柱模型(縮尺1/2.67)
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

N:これは、僕は入ったことがないので良く分からないのですが、アンドレ大使いちおしのプロジェクトです(笑)。絶対出展だということでこの柱は出てきました。さっきも言いましたが、構造的な形ではあるんですけど、個人の情熱がほとばしるというのでしょうか。これもそうで、床レベルがあって、柱で、曲げ応力がここで集中するわけですからこういうカーブは確かにありうるんですが、それにしても全体としてみると、構造をそのまま素直に表現しているのとは違う、ニーマイヤー的な形になっています。
この大聖堂もそうなのですが、キリスト教の教会というのは多くはバシリカとか、定型で表現する訳です。ただここでは、ニーマイヤーの個人的な表現が出てきて、でもなんとなくカトリック的な祝祭的な空間と合っている、という不思議があります。彼のプロジェクトは個人のものでもあって、構造的に理にかなっているものでもあるんだけど、柱一本がこう何とも言えないモニュメンタルな存在にもなっている。ニーマイヤーらしい柱ということで、アンドレ大使のいちおしなのではないかと思います。

H:コンクリートの構造のなかに、ガラスの彫刻体が入っていますよね。

N:ボックス・イン・ボックスというもので、これはニーマイヤーがずっと追い求めていた型のひとつです。大きなスーパーストラクチャーをつくって中にガラスの建築を吊る。他にも、ミラノのオフィスビルとかいくつか例がありますが、これも写真を見て頂ければ分かるように、コンクリートの構造体のなかにガラスのキューブが入るという形をつくって、中間領域をつくる訳ですね、大きな構造体のなかに中と外の両方が生まれるという、これはニーマイヤーのなかで繰り返し出てきた建築言語です。構造ラインとカーテンウォールラインをずらすことができるので、表現としては確かに明快なものになると思います。

H:やはり、とてもフォーマリスティックでモニュメンタルな考えからこれが出来ていることもあるのですが、もうひとつ、ニーマイヤーの記録映像の中で、バルコニーの上に立っている人と、その下にいる人が話せるような、そういう佇まいにしたかったと本人も話しています。
ですので、この曲線やボリューム感、そういうシーンをつくるということからひとつ着想を得ていることをお伝えしたいと思います。
先ほど写真家の話をしましたが、こちらの壮大な鳥瞰図はイワン・バーンさんが撮られたものです。
こちらの精緻な写真、国会議事堂ですね、これは上院と下院がふせた形とオープンにした形と、ふたつにそれぞれ分かれていて、真ん中が議員のオフィスになっており、事務棟の建物が中心になっている。これは二川幸夫さんの写真です。
こういう風にして、表情を捉えていくのに複数の写真で見せています。

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オスカー・ニーマイヤー展 SANAA西沢立衛氏による作品解説⑥ニテロイ現代美術館/コンスタンティーヌ大学

⑥ニテロイ現代美術館/コンスタンティーヌ大学
※以下N:西沢立衛氏、H:長谷川祐子(当館チーフキュレーター)

H:まず、こちらを見て頂きますと、ニテロイの現代美術館、90年代にニーマイヤーがフランスの亡命から帰ってきてからつくったものです。この美術館はリオデジャネイロの海岸にある、ニテロイ市の断崖に突き出すようなところにつくられた現代美術館です。この建物について、彼が映像のなかでも言っていますが、ひとつの花をイメージしており、そこにあがっていくスロープが長く、渦を捲いていくような形になっています。上がってみるとガラス越しに下に海が見えて、まるで浮かぶ空気のなかにいるような体験が出来るようになっています。これについて西沢さんお願いします。

⑧ニーマイヤー.jpg

ニテロイ現代美術館模型(縮尺1/100)
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

N:これは今回の展示作品の中ではかなり新しい時代のものですね。岩の上に建てるときに、敢えて空中に浮かんでいるように建てるという、英雄的表現というか、コンテクチャリズムからこういう形は出てこないと思うんですが、意外に地形や環境に合っています。ニーマイヤーは映画の中で、岬に咲く一輪の花というように言っていますね。でもこれはここで思い付いたというよりも、彼は昔から、若い頃から、ベネズエラかな?カラカスで丘の上に美術館を建てる計画があったのですが、ピラミッドを逆さにしたような、空に向かって広がっていくような、おもしろい計画を構想していましたが、実現しませんでした。ニーマイヤーもぜひやりたかった仕事だったのではないかと思いますが、このニテロイはある意味で、その延長線上にあるようにも見えます。

H:もうひとつ、唯一アルジェリアでつくったコンスタンティーヌ大学、これは彼がフランスで亡命中につくっていますね。

⑦ニーマイヤー.jpg
コンスタンティーヌ大学模型(縮尺1/300)
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

N:実は僕が学生のときに雑誌で見た初めてのニーマイヤーの建物で、最初に思ったのが地平線ということでした。これはブラジルではないのですが、ブラジル的な大地、どこまでも続く地平線というものを感じました。さっきのブラジリアの国会議事堂もそうですが、新しい大地というものをつくろうという、建築的なテーマがこの人にはあるように思うのですが、このコンスタンティーヌ大学もそうで、全体で不思議な月面基地のような伽藍配置をつくっています。

そこにある教室棟は、スーパーストラクチャーというか、300メートルくらいの大スパンをつくっていくような、梁そのものが教室になっているような、すごい構造で、ニーマイヤーらしいものですね。

オーディトリアム、これはいわゆるシェルストラクチャーというか、アーチですね。真ん中に壁があって、こうなることで柱を持たない大空間を、形の立体効果というものをつくっています。

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オスカー・ニーマイヤー展 SANAA西沢立衛氏による作品解説⑦イビラプエラ公園

⑦イビラプエラ公園
※以下N:西沢立衛氏、H:長谷川祐子(当館チーフキュレーター)

H:それでは次は、今回の一番の目玉となりますイビラプエラ公園のモデルの方に移動いたします。

途中のブリッジにあるビデオは今回特別につくりました、「私のニーマイヤー」と題し、5人のクリエーターの方がお話しになっています。西沢さん、安藤忠雄さん、石上純也さん、藤本壮介さんといったような一流の建築家の方々、それとスタイリストでニーマイヤーファンの祐真朋樹さんにお話し頂いています。

これが大きなアトリウムの空間を活かしました、今回のインスタレーションの目玉のひとつである、サンパウロのイビラプエラ公園の30分の1の模型です。これは1954年に、市から委託を受けてニーマイヤーがデザインしたもので、もともとブーレ・マルクスが公園のデザインをするはずだったのですが、色々な意味でそれが実現できず、ニーマイヤーが複数の建物を配置する形になりました。一番重要なのがこの屋根です。柱によって支えられたキャノピー(屋根)があり、この下をみなさんが歩いたり、ローラースケートしたり、小さなキオスクが出来たり、素晴らしい場所となっています。今回パブリックな場所をつくるということに対し、建築家の役割は何であるのか、をテーマのひとつにしています。それをみなさんに共有して頂くということで、この大きな30分の1模型をつくり、グーグルマップをカーペットに転写して風景にするという大胆な方法をとっています。どのように抽象化しながら、全体の形をみなさんに共有して頂けるのか考え、靴を脱いで上に上がって頂ける趣向にしました。西沢さん、お願いいたします。


⑬ニーマイヤー.jpg

イビラプエラ公園模型(縮尺1/30)
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

N:ニーマイヤー展に関わるというお話をいただいたときに僕が最初に思い付いたのがイビラプエラ公園で、それをこのアトリウムで作るということでした。イビラプエラ公園には何度か行きましたが、僕も妹島さんも、オスカーの建築で一番好きな建築です。カノアスの邸宅ももちろん素晴らしいですが、それ以上に好きです。やはりひとつには、イビラプエラ公園は、彼の度量の大きさというものを感じるのです。あらゆる人を包むような大きな屋根で、彼の度量の大きさ、寛容さというものが建築になっています。サンパウロのようなブラジルの大都市というのは、治安も日本ほど良くないのですが、その中でもこの公園と屋根は、人々がくつろぎ楽しむ、大切な憩いの空間になっています。

デザインとしては、カーブするコンクリートの屋根が、諸建築を繋いでいます。屋根付き公園というべきかもしれません。柱が少なくて、大スパンです。屋根はダブルストラクチャーになっていて、ものすごく分厚く、かつごついのです。重量はそうとう重く、それを安定させるために入り口あたりに大きなブレースがあって、ちょっと不自由そうというか、あと屋根が大きいので屋根の下は暗く、蛍光灯を並べていたりして、デザイン的に言っていろいろ気になるところはあるし、施工的にもいろいろ問題はあるのですが、しかし屋根は、緑の中に入って行って、どんどん高くなっていって、まるで飛行機が離陸していくような雄大さがあります。雨漏りとか蛍光灯とかブレースとか、デザインとか、そういうことは小さいことだと言わんばかりに、大きくのびやかに飛躍していく屋根で、スケールの大きさ、寛大さというものを感じます。屋根の下で子供達が遊んだり、若い人たちがデートしたりするのを見ていると、人間のための建築というのでしょうか、そういうことを感じます。見るたびに勇気付けられるし、感動する建築です。ということで、僕としてはオスカー・ニーマイヤーのなかで一番の建築で、ただそれは、やはり実際に訪れていただかないことには、よくわからないであろうと思います。

⑨ニーマイヤー.jpg
イビラプエラ公園模型(縮尺1/30)
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

H:屋根の下には2000人の人型がいます。それから500本の木の点景が植えてあります。
このイビラプエラ公園というのは、植物の公園としても信じられないくらい生物学的多様性を持っています。そういうものをひとつに包み込むような大胆な公園というのは、何度も私も行きましたが、素晴らしい体験です。
ここはアートの祭事が沢山行われるところでもあります。一番向こうにあるのが産業館です。サンパウロビエンナーレが行われる大きな会場です。
真ん中のお椀を伏せたような形の、オッカと呼ばれる建物は3階構造になっていて、それぞれの階が六角形になっていたり、真ん中が細くなっている変形四角形になっていたり、さまざまな床の形をとりながら、独特で魅力的な形のスロープによってつながっていて、その中で展覧会を見るというユニークな体験ができるよう構成されています。向こうにある、赤い舌が出ているような建物がありますが、あれが講堂です。壁に赤い天井の写真がありますが、ブラジルに移住された日本の作家トミエ・オオタケさんとの大胆なコラボレーションが実現されています。
ひとつひとつの要素、それをつないでいくキャノピー、西沢さんは屋根付き公園とおっしゃっていましたが、とても民主的で文化的な刺激に満ち、かつ自然と交流することが出来る、ある意味で人々を守る公園。そういう多様な意味を込めて展覧会の中心にこの公園を据えたということは、ひとつのキュレーションの意図としてご理解頂ければと思います。
このキャノピーでの体験がどういうものかということは、そこで撮影された映像が奥の壁にありますので、ぜひご覧下さい。

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オスカー・ニーマイヤー展 SANAA西沢立衛氏による作品解説⑧ニーマイヤードローイング/ニーマイヤーデザインとクリエーターたち

⑧ニーマイヤードローイング/ニーマイヤーデザインとクリエーターたち
※以下N:西沢立衛氏、H:長谷川祐子(当館チーフキュレーター)

H:では、最後の部屋に移ります。この部屋は、手仕事のようなもの、そしてある意味で親密な空間を味わってもらうということを考えた部屋です。ここで見て頂きたいのは、トミエ・オオタケさんの彫刻モデルです。トミエさんは今年亡くなられたのですが、本当に素晴らしい方でしたので、当館でも、寄贈の作品をコレクションし展示しています。それもぜひ合わせてご覧頂き、偉大なアーティストを知って頂く重要な機会にして頂けたらと思います。
それからこれは2001年にニーマイヤーが描いた、16メートルあるオリジナルのドローイングです。これを見て頂くと、彼のドローイングをつくっていく筆致が、いかに自由なものであるか見て頂けると思います。
またこれはドローイングを描きながら撮ったビデオでして、ひとつひとつの建物についての情報や、ドキュメンタリーも含まれています。みなさんご覧になると、途中で見てきた、ご記憶にある建物もあると思います。ですので、彼のなかでは全て有機的に連鎖していて、つながっていて、ひとつの彼の世界観をつくっていく、そういうパノラマとしてご覧頂けたらと思います。
西沢さんこれについてはいかがでしょうか。

⑪ニーマイヤー.jpg
"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之

N:個人的な話になってしまうのですが、この巻物を見たのは僕は今回が初めてですが、これを見て驚いたのは、ニーマイヤーは建築をほんとうに大量につくっているのです。リカルド・オオタケさんも、ニーマイヤーは考える時間もないくらい働いていた、と言っていたくらいなのですが、この巻物を見ると作品が数点しか挙げられておらず、それらが今回展示したものとほとんど被っていて、僕としては感慨深いというか、セレクションが近いじゃないかと、これを見られて幸せです。

H:ニーマイヤーは幼い頃からドローイングがすごく好きな、巧みな子どもでした。建築家になろうと決めたのは、これは冗談かもしれませんが、21歳のときにアニタ夫人と結婚して、奥さんをもらったのだから稼がなくちゃ、という動機だったというエピソードがインタビューのなかで語られています。ドローイングを描いていて、そのドローイングが現実のものとして現れてくるような、そういうイメージをいつも持っていた、とも話しています。

そういう意味で、彼がつくりだすものは複雑な技術的工程を経ないで、そのまま建築に実現されている、そうしたイメージを持って頂けたら、そしてドローイングと最終的な空間の近さをみなさんにイメージして頂けたらと思います。

更にここではパウロ・ヴェルネック、先ほど申し上げたニーマイヤーと親しくしていた、パンプーリャの壁画をつくったアーティストの作品があります。タイルの可能性を見出して、それを建築の表面に使っていく。これはニーマイヤーのデザインした公共施設やホテルの壁だったりするのですが、そのためのドローイングをガッシュで描いています。そうした建築とアートの関わりというものを少しでもご紹介できれば、そして実際のタイルの雰囲気も、展示作品から見て頂ければと思います。また、ここに2種類の椅子がありましてブラジル大使館からお借りしているものです。ニーマイヤーの提案する、人の身体に沿った優雅な曲線ということと、それからひとつの造形の考え方ということを、この家具で味わって頂けたらと思います。

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"オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男"展示風景, 2015
撮影:江森康之


長い間お付き合いいただき、有難うございました。

オスカー・ニーマイヤー展もいよいよ終了間近の2015年10月12日(月・祝)まで。
ぜひ何度でも「オスカー・ニーマイヤー展」へ遊びにいらしてください。

*展覧会ページはこちら *

2015年10月 2日

「ここはだれの場所?」展紹介 アルフレド&イザベル・アキリザン

「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」展、今回紹介するのはアルフレド&イザベル・アキリザンの《住む:プロジェクト―もうひとつの国》です。


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アルフレドとイザベルは夫婦で作品制作をしています。
現在はオーストラリアで活動を展開している彼らは、フィリピン出身。
アキリザン夫妻にとって、フィリピンからオーストラリアへの「移住」という体験は、彼らの作品制作における重要なテーマの一つになりました。
《住む:プロジェクト―もう一つの国》は、もともとフィリピンのバジャウ族の水上集落に関するリサーチがベースとなっています。
バジャウ族は、船で移動しながら海の上で暮らす漂海民です。しかし、政治的な理由で海域における国境線が引かれたことや、大規模漁法による環境破壊で、彼らの生活は徐々に苦しくなっていきました。その結果、陸に上がり、海辺に家を建てるバジャウが増え、民族としてのアイデンティティが揺るがされる事態となったのです。 *
バジャウ族が海から陸へと移住していったことと、アキリザン一家が自ら移住し「移民」となった経験が重なり、《住む:プロジェクト》は生まれています。
その後、このプロジェクトは世界の様々な国や地域で行われています。
ダンボールという素材も「移住」や「引っ越し」を象徴しており、どこでも手に入る素材ですが、作り手の思いやプロジェクトそのものの思い出はその土地特有のものとなります。

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無数の家は、近隣の元加賀小学校の児童のみなさんが作ったものです。
また、展示室の一角で開催している「ここはだれの場所?自分だけの家をつくろう!」
ワークショップで作られた家も仲間入りしています。
「住みたい理想の家」「家にまつわる思い出」を子どもたちなりに表現しており、同じ家は一つもありません。
小さな家がたくさん集まって、タワーオブジェが構成されており、その様子はあたかも「社会」を具現化しているかのようですが、アキリザン夫婦はこの地域に増えているタワーマンションからこの形のヒントを得ています。
ワークショップは会期中の土日祝日に毎日2回、開催しています。
是非ご参加ください。

(「ここはだれの場所?」展インターン 阿部美里)

* 黒沢浩美 他 編集『イザベル・アキリザン アルフレド・アキリザン 住む:プロジェクト―もうひとつの国』2013、金沢21世紀美術館、p.32


「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」
2015年7月18日(土)~10月12日(月・祝)
展覧会詳細はこちら

「ここはだれの場所?」展紹介 会田家

「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」展、今回は「会田家」について紹介します。

作品が所狭しと並んでいる薄暗い展示室。
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いずれも、お母さんの岡田裕子さん、お父さんの会田誠さん、そして息子の会田寅次郎くんが制作したものです。
それぞれが作ったものもあれば、合作もあります。

全てに共通しているのは「教育」というテーマ。
その中でも、WiCAN×岡田裕子《教育×アート=?〜NIPPONえでゅけーしょんTV》に注目したいと思います。

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千葉大学の学生らからなる千葉アートネットワーク・プロジェクト(WiCAN)と岡田裕子さんが共同で制作した本作。

学校教育で感じたもやもやをテレビ番組仕立てにしています。
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「朝倉式指導法」は世の中に数多く存在する教師向けのマニュアル本に疑問を感じたことから作られました。マニュアル本や指導法といったものは、生徒や保護者とうまく関わっていくためのものですが、果たして本当に「うまくやれて」いるのでしょうか。映像では、ベテラン朝倉先生が新米教師の水野先生に、クッキーの作り方を通して、生徒を「型にはめる」ことの大切さを伝授します。しかし、個性的だった姿がきれいなクッキーに統一されていく様子にはどこか違和感が...。

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「りんこの唄」は、先生や親から見た「いい子」について考えさせられる作品です。林檎で表される「りんこちゃん」は受験を控える中学3年生の女の子。お母さんは一人娘のりんこちゃんを可愛がり、過干渉ともとれる程に世話を焼きます。りんこちゃんはお母さんの母校「ジーニアス女学院」を目指して受験勉強をしますが、母親との価値観の相違により、りんこちゃんの内面に段々と変化が表れていき...。

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「ひみつのグアナコ」はドキュメンタリー仕立て。実際に全国で行なわれている小学校2年生の図画工作の単元「ひみつのグアナコ」。「グアナコ」という言葉から想像される架空の生き物を作る授業なのですが、「グアナコ」は実在する生き物なのです。なぜこのような授業が行われるようになったのか、調査していった結果...。

このほか、2パターンのCMも上映されています。皆さんお馴染みのとあるCMをオマージュしていますが、内容には考えさせられるものがあります。

芸術の秋、アートを通して、親子で教育について考えてみませんか?

(「ここはだれの場所?」展インターン 阿部美里)


「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」
2015年7月18日(土)~10月12日(月・祝)
展覧会詳細はこちら